2024年08月19日
ストラテジーブレティン 第362号
生活実感から乖離した高株価は正当化できる
~円安によるJカーブ効果が数量景気を引き起こす~
7月31日の日銀利上げによって引き起こされた、3日間で7600円、20%の空前の株価暴落(日経平均)は、その後7日間で6500円、20%と急騰し下落幅の85%が取り戻された。このV字回復は、株価下落がファンダメンタルズに基づいたものではなかったことを示唆している。だが人々が悲観に流されたのも無理からぬこと、と言えなくもない。これまで日本人の生活実態はほとんど改善されてこなかったからである。図表1によって実質個人消費支出を振り返ると、過去10年間では、2014年3月の消費税増税(5➡8%)直前の2014年1~3月の310兆円がピークで、その後一度もそれを上回っていない。コロナパンデミック時2020年4~6期の272兆円から回復に転じ、直近の2024年4~6月は前期比年率4.0%と上昇したものの、依然として10年前のピークに比べ4%減の水準にある。この間企業利益は2.2倍、株式時価総額は3.3倍、一般会計税収は1.6倍になったのであるから、いかに個人生活が取り残されてきたかがわかる。
図表1:乖離する日本の名目総所得(GNI)・名目GDPと実質GDP・実質消費
では、株価や企業利益が全くの砂上の楼閣なのかと言うと、そうではない。8月15日に発表された4~6月期GDP統計によると、日本人が稼ぐ所得総額(名目GNI)は647兆円、前年同期の630兆円比2.7%増、前々年同期の593兆円比9.1%増と鋭角的拡大か続いている。実質GDPがここ2年間550兆円で全く成長していない中で何故名目GNIが急成長できたのか。第一に物価上昇により名目GDPが拡大した、第二に海外からの所得収支黒字が大きく増加したからである。企業利益も株価も税収も名目所得に連動するのであるから、それらが好調なのは道理に合っている。
図表2:GDPデフレーターの推移
この好調な業績・株価と低調の実質消費との乖離は、今後どうなっていくのだろうか。武者リサーチは実質GDPと消費が成長率を高め、名目成長に追いついていくと予想する。
第一の理由は、2024年後半以降の日本経済は数量景気が顕著となるからである。これまでの消費低迷の一因は円安によるJカーブ効果にあった。Jカーブ効果による円安初期の価格面でのマイナス場面は2024年1~3月期で終わり、数量増の乗数効果が表れる時期に入っている。円安で日本の価格競争力が強まり、工場の稼働率が高まっている。また割高になった輸入品の国内生産代替が起き始めた。円安はまた、インバウンドを増加させ、外国人観光客が日本の津々浦々の地方内需を刺激している。安いニッポンに向かって、様々なチャンネルを通じて世界の需要が集中し、国内景気を活性化している。企業の国内における設備投資意欲は急激に高まっている。政策投資銀行による大企業の設備投資調査では2024年度は製造業で24.7%増、全産業で21.6%増と過去最高レベルの伸びとなっている。円安効果に加えて日本政府による合計4兆円に上る半導体支援が佳境に入り熊本、北海道、北上、広島などで投資ブームが起きている事、日本でも遅れていたEV投資が高まってきたことが推進力になっている。円安定着が確信できれば、企業はより国内投資に本腰を入れるだろう。
図表3:Jカーブ効果
図表4 政策投資銀行による大企業設備投資調査(2024年8月6日)
第二に、Jカーブ効果の初期に打撃を受けた家計の実質所得が回復し始めた。30年ぶりの5%という大幅な賃金上昇率に加えて、インフレが沈静化している。2022年以降の国際的インフレ(エネルギー価格、及びサプライチェーンの混乱による)は完全に終焉した。また急速な円安もほぼ一巡した。GDPデフレーターは2023年1~3月に前年比5%まで上昇した後、2024年4~6月は3.0%まで低下している。物価変動の影響を除いた実質の雇用者報酬は2024年4〜6月期に前年同期比0.8%増と21年7〜9月期以来11四半期ぶりにプラスとなった。家計消費は力強さを高めていこう。2024年4~6月期の実質GDPは年率3.1%でG7の中で最高の伸びとなったが、日本の相対的な好調さは今後も続くだろう。
図表5 アベノミクス以降の主要指標推移