2024年02月05日
ストラテジーブレティン 第349号
FOMO(日本株持たざる恐怖)が経済好循環を引き起こす
日本株持たざるリスクにおののく人々
ウォール街に「FOMO」と言う言い回しがある。Fear of Missing outの略で、取り残されることに対する不安を意味する。今の日本株式市場はまさにそのような状態に入りつつある。日本株のばかげているほどの割安さにようやく人々は気づき、日本株を持たざるリスクを真剣に考えるようになった。1)外国人投資家➡昨年世界主要市場で最も値上がりした日本株(図表1参照)の比率を高めようと焦っている、2)個人投資家➡NISA改革が始まり投資ブームが起きている、3)企業➡PBR1倍以下の是正を求める金融庁、東証に押されて自社株買いに走っている、4)年金など機関投資家➡インフレ定着、金利上昇の下で日本国債投資比率の引き下げと株式シフトを余儀なくされている、など、全ての投資主体が日本株に向かってラッシュし始めている。年明け以降の株価急騰は、日本でも株式主体の資金運用体制が始まったことの現れと考えられる。
図表1:主要国株価指数の推移 (2023年初以降、2009.3.9以降)
結果が示す株式投資の圧倒的優位性
アベノミクスが始まった2013年以降日経平均株価は9000円から36000円へと4倍になった。加えてインカムフロー面でも、預金の利率ほぼゼロであるのに対して、株式は配当利回り2%、益回り(利益/株価)は6%と圧倒的に有利である。財産を株式投資に回すか、預金においたままにしておくかにより、大きな格差がついている。財産形成に大きく後れを取っていることに焦りを感じ始めている人々が行動を起こし始めたようである。
株式投資で著しく豊かになった米国家計、それが旺盛な消費の源泉に
日本ではバブル崩壊以降30年以上にわたって、元本を維持できさえすれば、リターンはゼロでもいいという極端なリスク回避心理が金融市場を覆ってきた。これはリスクをとって株式に投資し、財産を大幅に増やしてきた米国とは好対照である。日本の家計は運用可能金融資産1508兆円のうち73%の1107兆円を銀行預金・現金に滞留させ、株式、投信には21%しか振り向けていない。これに対して米国の家計は運用可能金融資産82兆ドルの内72%を株式・投信に振り向け、現預金の比率は18%にとどまっている(図表2)。この株式主体の米国の資産運用は、リーマンショック以降、米国株式が7倍という大幅な上昇を遂げたことで大きな資産形成をもたらした。米国家計が保有する純財産額はリーマンショック直後の59兆ドルから2023年には154兆ドルへと2.6倍になった。過去13年間に家計の純財産額は約100兆ドルと、GDPの4倍も増加したのである。この株価上昇による資産形成が米国消費を喚起し経済の牽引車となっている(図表3)。
図表2:日米の金融資産保有割合比較、株主体の米国と預金主体の日本の顕著な格差
米国流の好循環を阻んでいるもの、(1)企業による利益退蔵
米国流の、株価上昇による資産の増加➡消費増加➡経済成長➡株価上昇、と言う好循環が日本でも定着できるだろうか。そうなれば、日本経済と人々の生活水準を大きく引き上げていくことが出来る。いまの日本株ブームはその可能性を垣間見せていると考えられる。
これまで日本では企業は十分に利益を出しているのに株価が安いことによって家計の財産はあまり増えず、企業のもうけが経済の好循環に十分に結びついてこなかった。その第一の理由は日本企業の儲けの過半が企業内に退蔵され、需要拡大と成長に繋がってこなかったことにある。米国の場合企業利益のほぼ8割が配当と自社株買いで株主に還元され(図表4)、それが家計の資産所得と株価値上がり益となって消費を支えている。ちなみに米国では家計がSNSなどを通して株式投資に参入した2020年までの10年間、唯一最大の株式投資主体は企業による自社株買いであった。リーマンショック後の株高はもっぱら自社株買いによって実現したのである。(図表5)。
それに対して日本企業は配当と自社株買いによる株主還元率は4割と米国の半分に過ぎず、企業は利益の多くを金融資産として運用し、遊ばせている。その一部は戦略的海外投資であるが、自己資本比率は異常に高くなっている(図表6)。金融庁・東証によるPBR1倍以下の企業に対する是正措置の要求は、企業の内部留保の有効活用を求めるものである。企業の自社株買いが増加し、ROE等資本効率が劇的に改善し、PBRが上昇すると期待される。
図表3: 米国家計純資産、総資産、債務の推移
図表4: 米国企業部門(非金融)の利益と株主還元
図表5: 米国主体別株式累積投資額(2029年以降)
図表6: 異常な積み上がり、日本の自己資本比率
米国流の好循環を阻んでいるもの、(2)極端なリスク回避姿勢
第二に日本の家計がリターンの高い株式投資を敬遠してきたため、株価が上昇してもその恩恵が行き渡らず、家計の資産形成は米国に大きく後れを取ってきた。しかしNISA改革などにより家計のリスクテイク姿勢が高まろうとしている。株式投資により家計の金融資産からの所得が大きく増加していくだろう。
FOMOが日本の好循環を引き起こす、岸田政権の『新しい資本主義政策』も寄与
このようにして日本においても米国のように、企業の儲けが社会還元され需要創造に結び付くという動きが、株高を契機にして起こり始めている。図表7、8に見るように、日本企業は過剰の資本保有により、ROE(自己資本利益率=自己資本成長率)が著しく低くなり、主要国中最低のPBRを余儀なくされてきた。これは家計と同様企業も「Cash is King」メンタリティーに毒されていたためと言える。岸田政権の新しい資本主義政策は、ここに照準が定められている。米国流の、株価上昇による資産の増加➡消費増加➡経済成長➡株価上昇、と言う好循環が日本でも定着する可能性は大きい。
図表7:主要国ROE推移、際立つ日本の低さ
図表8:主要国PBR推移 、際立つ日本の低さ