2022年10月31日
ストラテジーブレティン 第317号
中国宮廷革命とその日本への影響
~今回Jカーブ効果が特にパワフルになる理由~
(1) 習近平氏の完全なる独裁政権確立
反対派完全排除、リベラル派の巻き返しは不可能に
中国共産党第20回大会で宮廷革命が強行され、習近平氏が独裁体制を確立したことを世界に知らしめた。胡錦涛前国家主席の閉幕式(10月22日)での強制的な退場劇は、翌日決定された新執行部(政治局常務委員)での反対派(共青団派)の完全排除と合わせて、中国が個人独裁という新体制へ移行したこと、歴史的転換が完遂したことを物語っている。中国のリベラル勢力による民主、市場経済重視、国際協調への政策転換は不可能となった。
中国経済がバブルの崩壊に見られる経済成長の挫折、少子高齢化と急速な人口減少により、長期的に見て国力衰退過程に入ることは、ほぼ確実である。中国が経済力で米国を凌駕し、世界の覇権を握るという野望は、普通に考えれば、著しく困難な目標に見える。
台湾侵攻の可能性高まる
同時に、懸念されてきた台湾侵攻の可能性が一気に高まった、と見られている。習氏は共産党大会冒頭の政治報告で、台湾統一に向けて「武力行使(の選択肢)を決して放棄しない」と宣言した。これまで「武力侵攻はないだろう」と想定していた多くの専門家の根拠、①国内の統治が持たない、②台湾の民心が離れる、③国際社会の批判が高まる、等は成り立たなくなった。反対勢力を抑圧する強権を握った以上、反発は力で抑えていけばいいと考える可能性が高い。
一段と危機意識強める米国の国防・外交当局
困難な長期展望を前に、独裁権力が軍事的冒険によって局面の大転換を図ることは、歴史上多く見られることである。プーチンロシア大統領のウクライナ侵略を見るまでもなく、独裁権力は好戦的である。米国のマイク・ギルデイ米海軍作戦部長は10月19日、米シンクタンクのオンラインイベントに出席し、台湾有事に関して「2027年ではなく、私の中では22年、あるいは23年の可能性もあると思っている」「過去20年間、中国は常に目標を前倒しで実現してきた」と警戒感をあらわにした。2021年にデービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)が27年までの台湾有事の可能性を指摘し世間を驚かせたが、それを更に上書きした。ブリンケン米国務長官も10月17日のスタンフォード大での討論会で「中国は現状に飽き足らず、これまでより速い時間軸で台湾統一を追求している」と強調した。
(2) 必至の対中封じ込め、急がれる生産拠点の脱中国化
米国の対中封じ込め政策は、一気に高まるだろう。10月7日米国商務省は、「半導体、スーパーコンピューターなどに関した対中輸出規制」を著しく強化した。最先端ロジックに限定していた規制対象の範囲を大きく拡大、対象企業も長江メモリー(YMTC)等、31社・大学に拡大した。また迂回輸出を遮断するエンドユース規制、許可例外の厳格化、が打ち出された。早くも、アップルへのNANDフラッシュメモリー初納入が決まっていたYMTCの商談が事実上キャンセルされた。また米国人、米国企業のYMTCへの設計、技術、協力が禁じられる。今後、包括的対中対抗法案として上下院で調整が続いている「米国競争法案」の下院案にあるアウトバウンド規制(対外直接投資や重要な生産能力・サプライチェーンの国外移転の審査制度の導入検討)等より広範、且つ厳格な規制が矢継ぎ早で打ち出されるだろう。いずれ中国で生産しているアップルやテスラは、生産拠点の脱中国化を推し進めざるを得なくなるだろう。
脱中国で日本へのハイテク産業回帰が鮮明になるだろう
急ピッチの地政学的緊張の高まりに世界の経済が追いついていない。今後、産業界においても脱中国の機運が醸成されていくだろう。今は新疆ウィグル、チベット、香港など辺境に対してのみ適用されている人権抑圧の認定を本土に対しても広げてくるかもしれない。産業の中国脱出のニーズの高まりに対して、どこが受け皿になり得るかと考えると、日本の優位性が浮上してくる。
日本ではかつての工場海外移転の結果、人材の不足、シナジー効果の喪失等が語られるが、それでも多くの工業力の基礎を残している。最先端半導体では日本の地歩は失われたが、キオクシア、ソニー、ルネサスエレクトロニクスなどの日本メーカーに、マイクロンテクノロジー(エルピーダメモリ―広島工場主力)、ウエスタンデジタル(生産はキオクシアと連携)等の海外企業の生産拠点を加えると、半導体世界生産シェアは19%、半導体製造装置は世界シェア32%、半導体材料56%(いずれも2020年OMDIA調べ)と、総合的工業基盤は世界でもトップクラス、米国や欧州より優位にある。機械、計測機器、部品、素材などの分野で圧倒的な世界のリーディングカンパニーを多数擁している。それらが日本に回帰するだけで大きなシナジーが再生されるはずである。
富士フィルムは中国の複合機技術の情報開示・譲渡を強制した中国に対して、現地工場閉鎖という形で対応した。またキャノンの御手洗会長は「経済の影響を受ける可能性のある国々においては(生産拠点を)放置しておくわけにはいかない。より安全な国へ移すか、日本に持って帰るか、二つの道しかない。メインの工場を日本に持って帰る」「日本国内での生産コストが低くなる円安も「(国内回帰の)大きな理由のひとつ」と述べ(10月26日)、潮目の転換に向き合う決意を見せた。
続々と動き始めた生産拠点日本回帰
総額1兆円に達するTSMCの熊本工場建設が動き始めた。TSMCは更に、より先端の第二工場建設の意向を持っているとWSJ紙が伝えている(10/19付「台湾TSMC、日本で生産増強検討 地政学リスク低減」)。半導体の技術競争においてインテル、サムスンを引き離しトップ独走態勢に入ったTSMCにとって、台湾一国生産は大きなリスクである。海外生産体制の拡充は焦眉の課題だが、そのもっとも有力な拠点が日本になる可能性が高い。
その他、スバル大泉工場でのEV生産棟60年振りの新設、ルネサスエレクトロニクスの甲府パワー半導体工場再稼働、SUMCOの伊万里新工場建設、住友金属鉱山のニッケル電極材の新居浜新工場建設、アイリスオーヤマの中国での収納用品を中心としたプラスチック製品生産の一部国内移管、京セラの鹿児島川内工場半導体パッケージ用新棟建設、ダイキン工業の中国依存のサプライチェーン国内移管、キャノンの宇都宮での露光装置工場21年振りの新設、安川電機の基幹部品生産の国内回帰と福岡行橋工場建設、富士フィルムのバイオ医薬品受託生産富山工場建設、など数100億円規模の投資プランが続々と動き始めている。今後、円安定着がはっきりするにつれて国内への工場回帰が強まり、投資の伸びは更に高まるに違いない。
(3) 今回の円安ではJカーブ効果が一段と強まるだろう、2023年日本数量景気ブームへ
米中対立による脱中国の動きは、日本の円安Jカーブ効果をより加速するものとなるだろう。Jカーブ効果とは、円安により当初は、輸入単価が上昇して貿易赤字が増える(円安はマイナスに見える)が、やがて大きな数量増加の好循環をもたらす、というものである。海外市場では価格競争力向上により日本企業のシェアが上昇し、輸出企業の国内生産が高まる。また国内市場においては割高な輸入品から割安な国産品へのシフトがおき、生産が高まる。その結果、工場の稼働率が上昇し、やがて設備投資の増加へと結びつく。こうして円安は生産➡投資増という好循環を引き起こすのである。
更に今回の円安では、国内の生産数量が目立って増加する前から米中対立による国内回帰によって過去最高の設備投資ブームが起きている。日銀短観2022年度の設備投資計画は全規模全産業で前年度比16.4%増だった。前回6月の14.1%増から上方修正し、1983年の調査開始以来、9月時点の水準として過去最高となる(製造業の設備投資は21.2%増は1988年以来の高水準)。Jカーブ効果の好循環がいち早く立ち上がっているのである。
外国人が内需の担い手に、インバウンドと越境Eコマース
今回Jカーブ効果が加速すると考えられる第二の要因は、インバウンドの増加である。これまで円安の恩恵を全く受けてこなかった内需産業が、外国人という新たな顧客を獲得したことで、円安が直ちに需要数量の増加をもたらす好循環を見出している。
ダボス会議を主宰する世界経済フォーラム(WEF)の調査によると、日本の観光開発力は世界最高となった。訪日観光客はコロナ禍直前の2019年には3190万人まで増加し、オリンピックの2020年には4000万人が確実視されたが、コロナ禍下でほぼゼロまで落ちこんだ。しかし、コロナ禍終息の暁には、信じられないくらい割安感を増した日本へ旅行需要が急増するだろう。中長期的には約15億人の中所得層を抱えるアジアを後背地に持つ日本は、世界最高の観光立国フランスの観光客数9000万人を大きく超えていくだろう。
今回Jカーブ効果が加速する第三の要因は、割安になった日本で商品を調達し海外へと転売する越境EC(Eコマース)である。日経新聞は「経済産業省によると個人向け越境ECの販売額は2021年に中国向け2兆1382億円(前年比10%増)、米国向け1兆2224億円(同26%増)と米中向けの輸出額の約1割に達している。越境EC支援で国内最大手のBEENOSが持つ国内3千社以上のデータによれば、22年1~6月の販売額指数(円ベース)は2020年1~月比で8割増えた」と報道している(10月16日)。
極端な安いニッポンは、全日本人が獲得できるビジネスチャンス
図表6は中藤玲氏著「安いニッポン」に掲載されたダイソーの販売価格の国際比較であるが、ダイソーの価格でも100円均一が保たれているのは日本のみで、タイ、ブラジル、中国などの新興国であっても、日本より格段に高いことが驚きである。しかもこの価格差は、1ドル約105円の2021年1月時点のものであるから、今の140~150円での価格差はさらに大きく拡大していると推察される(中藤氏はこの低価格は人件費と賃料安が主因とのダイソーの説明を伝えている)。この圧倒的な価格差は大企業、中小企業、個人の誰でもが獲得できるビジネスチャンスになっているのである。
このようにグローバリゼーションの新たな進展により、従来の内需のみを顧客としていた多くの中小企業やサービス産業に、海外顧客という新たな需要先を広げた。円安はインバウンド、越境Eコマースにより直ちにこれらの産業とそれが立脚している地域経済に需要数量の増加を引き起こすだろう。以上より今回の円安によって起きるJカーブ効果は、従来以上のプラス効果をもたらす、と考えられる。そしてこの円安の背景に米中対立がある。米中対立が日本経済の追い風になるという武者リサーチの10年来の主張(*)が、現実のものになっている。
(*) 筆者著作「失われた20年の終わり~地政学で診る日本経済」2011年 東洋経済新報社
「結局勝ち続けるアメリカ経済一人負けする中国経済~日本に吹く歴史的順風」2017年 講談社
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日 時 2022年11月12日(土)13:30~16:00
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プログラム 基調講演① 元駐米大使 中曽根康弘世界平和研究所理事長 藤崎 一郎 氏
激変する国際情勢をどう見るか
基調講演② 株式会社武者リサーチ代表 武者 陵司
三重苦(コロナ・ウクライナ・米利上げ)の下、円安から始まる日本の好循環
パネル 現役ファンドマネージャーが語り合う実践的投資アイディア
ヴィレッジ・キャピタル 代表取締役CEO兼CIO 髙松 一郎 氏
アセットマネジメントOne ファンドマネージャー 岩谷 渉平 氏
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