2019年04月15日
ストラテジーブレティン 第223号
中国・米国の株価急騰、その要因と持続性
~ 米中対決が引き起こした金融緩和+株高競争
(1) 想像を絶する米中株高
昨年クリスマスの時点で年初3か月間の株価急騰を予見できた人は皆無であろう。米国S&P指数は昨年9月末の史上最高値からクリスマスまで20%の暴落となったが、先週末(4月12日)までに24%の急騰を遂げ、史上最高値比-1%の水準まで回復した。今や最高値更新は時間の問題であろう。中国株式の急騰は一段と強烈で、上海総合指数は4月4日には3247ポイントと、1月2日のボトム比32%の上昇となった。上海総合指数は、米中貿易戦争勃発が明らかになった昨年3月初旬が3200~3300ポイントであったので、貿易戦争勃発前の水準を回復したのである。米中貿易戦争の米中合意が成立する前に、貿易戦争の当事国中国と米国の株価が完全回復し、世界をリードするとは!!
昨年末までほとんどの市場参加者は、米中貿易戦争が世界経済の失速と株安を引き起こすことを心配していた。株価急落の起点となった昨年10月4日、ペンス米副大統領がハドソン研究所において、非常に厳しい中国批判のスピーチをした。これまでの貿易や経済に限定した批判の枠を超え、政治、軍事、情報、技術、あらゆる面での中国の不公正さを非難した。WSJ紙は「ペンス副大統領は第二次冷戦の開始を宣言した」という論説(ウォルター・ラッセル・ミード氏)を掲載し、米国が全面的な中国封じ込め政策に転換したとの評価を伝えた。「いよいよアメリカと中国は根底からの戦いの時代に入った。経済や市場関係者は、国家安全保障が経済に優先する時代に入ったことを過小評価している」と論説は主張した。経済も株価も貿易戦争の犠牲になる覚悟をせよ、というわけである。ところが今、広く共有されていた懸念とは真逆の株価上昇が続いている、なぜだろうか。
(2) 米中で覚悟を持った金融緩和が展開されている
金融緩和⇒株高が国家プレゼンスを押し上げる
最大の理由は米国、中国ともに、相当な覚悟を持って金融緩和を展開していることであろう。トランプ大統領は昨年央以降執拗にFRBに金融緩和促進のプレッシャーをかけてきたが、その理由の一つは、米中貿易戦争によって予想される景気悪化効果を相殺する必要があったから、と思われる。後述するようにFRBは昨年末以降、金融引き締めから緩和へとかじ取りを大転換させ、それが米国株高の最大の推進力になった。
他方中国も、昨年春先までシャドー・バンキングを抑制する意図から、預金準備率の引き上げ、融資抑制など引き締め政策をとり、固定資産投資など国内需要の急鈍化と株価下落を引き起こした。しかし米中貿易戦争の激化に対応し、金融政策を大転換させている。預金準備率は2016~2018年前半の16.52%から13.5%にまで引き下げられ、銀行融資が急拡大、1~3月の人民元建て融資額は5.8兆人民元(=約8,641億ドル)前年比19.5%増と大きく増加した。そうした資金が、株式、不動産、コモディティ投資などに向かっていると推測される。
このように米国も中国も貿易戦争と覇権争いが激しくなればなるほど、自国の株価を引き上げ、それによって信用創造と需要拡大を行い、その結果として世界経済におけるプレゼンスをより高めるという方向に向かっているのである。以上が米国と中国の株価が突出して大きく上昇している理由である。
株価の全面回復に加えて、米中通商協議が合意されれば、需要の押上げ効果も起こりえる。貿易戦争による見通し難により、昨年末に中国での設備投資が一旦ストップしたが、懸念された米国・中国の最終需要減少の可能性はほぼなくなった。となると、投資の一旦停止はこれからの供給力の鈍化をもたらすわけで、将来的には需給ひっ迫の可能性を高める。昨年クリスマスのボトム比40%上昇という米国半導体株価の急騰は、そうした可能性を織り込んでいるとも考えられる。米中の経済が浮揚感を強めれば、それに輸出している日本やドイツ、韓国などの景気も押し上げる。
このように米中貿易戦争がもたらす帰結は、世界経済の悪化や資産価格の下落ではなく、逆にむしろ株価と経済を強く押し上げることに結びつき始めているように見える。なぜこのような展開になったのかだが、それはインフレが起こらないために全くコストなしに需要を押し上げることが可能だから、ということに尽きよう。金融緩和による株高が購買力を高め景気を押し上げる、それは中国に関しても当てはまることである。
今や世界的に適切な金融緩和のサポートによる株高が、自国経済の優位性に繋がるという時代に入っているのかもしれない。
中国株投資を加速するMSCI中国株比率引き上げ
中国株価上昇の要因としては、「MSCI Emerging Markets Index(新興国株指数)」における中国株のウェイト引き上げも寄与している。MSCIは2月28日、中国本土上場の人民元建て株式(A株)の組み入れ係数(実際の中国株式の時価ウェイト(16.2%とされている)に対する割引率)を段階的に引き上げると発表した。「新興国株指数」の中国A株の係数を5月に現在の5%から10%へ、8月に11.5%へ引き上げ、さらに11月には係数は20%まで引き上げられることになる。それにより実際の組み入れ比率はこれまでの0.8%(16.2%×0.05)から最終的には3.3%(16.2%×0.2)まで上昇すると見られている。またロンドン証券取引所グループ傘下のFTSEラッセルは去年9月末、中国A株をグローバル指数に組み入れることを発表、今年6月から3段階で組み入れられる。これらにより世界の株式市場における中国の重要度が高まり、グローバル投資家は中国株を持たざるリスクを意識せざるを得なくなる。年初来のグローバル投資家の中国株買いはその影響が大きいと考えられる。
中国政府も貿易摩擦に対応して、海外企業に不利となる取引慣行を改める外商投資法を定めた。また適格外国機関投資家(QFII)制度を通じた投資枠を従来の1500億ドルから3000億ドルへ引きあげ、海外からの投資規制を大きく緩和、むしろ投資を積極的に呼びかけている。中国の経常収支黒字額は2017年の1951億ドル(対GDP比1.6%)から2018年491億ドル(対GDP比0.4%)へと大きく減少しており、資本流入の喚起策は喫緊の課題でもある。
(3) 株価本位制が始まったのか?
以上見てきたように、米中両国の腹の座った金融緩和の実施により株価などの資産価格を押し上げ、もって需要の振興と国家プレゼンスの向上を図るという政策は、今日の経済政策の本質的特徴となってきている。それはいわば株価本位制とでも称されるような、新金融レジームとして理解するべきものなのかもしれない。
昨秋の株価急落以降の米国FRBのスタンス変化は、中央銀行が株式市場に「屈服」したものとして、歴史に残るかもしれない。利上げの停止、バランスシート圧縮の停止など、QE(量的金融緩和)の出口からますます遠のいている。QEは緊急避難の錬金術である、との一般的評価に立てば、FRBの市場フレンドリーへの政策シフトは、正常化を遅らせ、一段と悪魔のささやきに乗ったということになる。
しかしインフレ不在(=供給余力の存在)の下で、株価急落を放置すれば、信用収縮の悪循環から大不況に陥るリスクは大きい。FRBにとって市場フレンドリーな政策へのシフト以外に選択肢はないのではないか。経済政策の使命は持続可能な範囲で最大限の成長を目指すことであるが、それは中央銀行においては、信用総量(購買力総量)のコントロールによって果たされる。ではいかにして信用総量をコントロールするのか。かつては銀行融資量を金利政策で采配することで行っていた。しかし今日では信用創造は主に銀行システムではなく、主に資産価格(特に株価)の上昇によってなされるようになっている。故に資産価格に影響力を行使する政策として、巨額のマネー増刷を可能にするQEが登場したのである。
とすればQEは金本位制、不換紙幣の発行、ペーパドルシステムと続いてきたマネー発行レジームの新段階と考えるほかはない。中央銀行はインフレ許容範囲内での最高株価を政策のターゲットとすることになる。いわば株価本位制である。中央銀行が究極の株式等資産市場の守護神として登場したわけであり、このことの株価の押上げ効果は甚大であろう。
米国株価の120年の歴史を振り返れば、米国経済の盛衰とNYダウ工業株の趨勢が、金融レジーム(=紙幣増刷メカニズム)によって変転してきたことが明白である。実質NYダウ(NYダウを物価指数で除したもの)は、購買力としての株式価値を示しているが、過去120年間で3つの大幅な上昇の波があり、今、第四番目の上昇の唯中にある。3つの波とは
1. 1910~1920年代(金本位制の下での古典的自由主義体制下での上昇)
2. 1950~1960年代(各国管理通貨制度⇒国内紙幣増刷体制、の下でのケインズ経済体制下での上昇)
3. 1980~1990年代(世界管理通貨制度⇒ドル散布体制、の下でのグローバル新自由主義体制下での上昇)である。
そして今
4. 2010年から新たな上昇が始まっている。それはQE(量的金融緩和)という新紙幣発行の仕組み、株式などの市場の許容度に即した通貨発行手段を用いた、市場(株価)本位制度とも考え得るものである。それは政府部門による需要創造を推進力とする新グローバル・ケインズ体制とでもいえる仕組みになっていくのではないか。金融緩和と財政政策の二つのエンジンによる需要創造が必須・適切な時代の到来である。
(4) 日本株の出番は近い
あたかも株価をターゲットとして金融政策を営んでいるかのような米中に対して、日本では消費税の増税路線が進められるなど政策的に手詰まりで、それがグローバルな投資家の対日投資の足かせとなっている。また中国のポートフォリオウェイトを高めるために日本株式が売られたという側面もある。しかし世界経済が本当に上昇していくとすればやはり一番大きなスイングは日本で起きるのではないか。なぜなら日本は世界の中で最も振幅の大きい資本財や生産財に特化しているからで、そのぶんだけ落ち込みも大きくなると同時に上昇も大きくなる。今のところ出遅れている日本株式は、世界生産の回復が見えてくれば大きくスイングするのではないか。
武者リサーチは、日本株式の大底は(フェアバリューを大きく割り込み)外国人投機家が売りたたいたところで形成されるが、それは裁定買い残の大底とも一致している、ということを指摘してきた。「裁定買い残5000億円レベル、裁定買い残/東証一部時価総額比0.2%、は投機売りが極限に到達したことの証左。過去20年間で裁定買い残のボトムは1998年、2003年、2009年、2016年の4回形成されたが、いずれもその後1年から1年半の間に6割以上の株価上昇を実現している。2018年12月に裁定買い残がこの水準に達した、ということは、2020年半ばまでには日経平均は30000円をつける可能性がある。」と前回ブレティンで指摘している。
さらに、株式投資促進策が打ち出されることを期待したい。3月10日に産経新聞が一面トップで、「金融庁が個人の投資家に対して今年の夏をめどに資産運用の手引き書を作成する」ということが報道された。手引書の趣旨は「アメリカに比べて日本の家計の資産形成が著しく劣っているが、その原因は大事な財産がほとんどと富を産まない現金預金に寝ているからであり、適切なリスクテイクにより資産形成を促進する」ということであろう。安保法制、働き方改革、入管法改革など色々な課題をこなしてきた安倍政権は、個人の資金運用の多様化を図ることに重点を置くのではないか。これからその政策の柱として株式投資を積極的にサポートするような政策が検討される可能性がある。
世界株高と日本における令和時代の心機一転が重なり、日本株式の壮大な上昇相場が始まりつつある、のではないか。