ギリシャ危機は欧州流動性危機に転化
ギリシャ危機が世界同時株安に発展、リーマンショックの悪夢再現が心配されている。サブプライム危機とは多くの点で類似性が強い。売りが売りを呼ぶ恐怖の連鎖、比較的小規模な問題資産(今回はギリシャ国債、前回危機ではサブプライム)の暴落が類似資産(今回は他のEU周辺国国債)に伝染する可能性、CDSが売りが売りを呼ぶ投機の手段になったこと、事後的な格付け機関のレーティング引き下げが危機の火に油を注いだこと、などである。ギリシャ国債を保有している金融機関において損失が発生し、資本不足に陥り銀行間で相手を信用できないという、カウンターパーティーリスクも語られ始めた。流動性危機が発生したのである。
サブプライム危機との類似性
サブプライム危機の時と同様にファンダメンタルバリューから見れば、市場価格は売られすぎ、ミスプライスが起きていると言えないこともない。実際S&Pによるギリシャ国債格付けはBB+まで引き下げられだが、それは債権回収率3~5割ということを意味し、緊急事態のもとでの過剰反応という側面もある。不安が沈静化しギリシャのソブリン・リスクプレミアムが元に戻れば、それ自体が財政収支を大きく改善させる。しかしこのギリシャ国債の暴落により金融機関や投資家に潜在的な損失が発生し、更なる信用収縮とリスク回避を招き始めている。恐怖が(本来問題が小さかったはずの)実体経済を重病に陥れる可能性もあるのである。今回もまた傷口を大きく広げる役割を果たしたレーティング機関に対する批判が高まっている(欧州首脳や米国財務長官)。
ギリシャ財政危機に的を絞れば、ようやく役者は出そろってきた。IMFとEUはギリシャへの1100億ユーロの協調融資をまとめ、当面2010年内の国債償還のめどは立った。またギリシャ議会は付加価値税増税、公務員の削減と給与凍結、年金削減などの3年間で300億ユーロの財政再建策を可決した。しかし今の急騰した国債金利のもとでは、2011年以降の債務返済のめどは立つはずもない。もっともここまでギリシャ国債が暴落すれば切り札である債務返済のリスケジュールも容易かもしれない。
流動性問題の封じ込めは困難ではない
しかも市場の焦点は既にギリシャから他のユーロ辺境国、ポルトガル、スペイン、アイルランド、イタリアへと国債の投機売りは伝染し流動性危機に移り始めている。危機がここまで深化すると遮断するには政治の介入が不可避となる。ここに至って財政と金融の垣根はなくなる。財政資金を金融安定化のために投入し、中央銀行がそれを肩代わりすることが必要、債務の貨幣化(デットのマネタイズ)である。危機が沈静化しなければいずれECBは特例的にギリシャ国債を買い、流動性の供給と資産価格の底上げを狙うだろう。投資適格以下に格下げされギリシャ国債を買うことで、流動性の提供を行い危機の伝染は一旦遮断されるだろう。サブプライム危機と異なり今回はリスクの所在は明確であり、一旦緊急事態とのコンセンサスが得られれば、当局の対処はそれほど困難ではあるまい。
根源的EUの矛盾・・・・①財政主権
しかし、より本質的に考えると今回の危機はEU欧州連合の不完全な統合という本質的矛盾に根ざしている。第一は金融は統合されたものの各国の財政主権が保持されているという矛盾である。管理通貨制度のもとでの中央銀行の機能は本質的には政府債務の肩代わり(通貨として流通させる)にあるのに、EU諸国ではそのリンクが遮断されている。よって、より容易に国債デフォルトが起きることになる。また2008年の金融危機発生以前は各国の長期金利はほぼ収斂していたので、ギリシャのような周辺国では国債発行に対する規律が弱かった。この矛盾は財政主権を制約することによってのみ解決する。
根源的EUの矛盾・・・・②生産性の不均等発展、ドイツに成長機会
第二の矛盾は、EU域内における各国の競争力格差の拡大である。競争力格差とは単位労働コスト格差であり、生産性上昇率の格差にふさわしい賃金決定がなされてこなかったことにある。通貨統合以前なら生産性格差・コスト格差は通貨調整され各国内の経済安定が維持できた。しかし通貨調整と言う手段がなくなったことで、EU域内のコスト劣後国の政策運営は著しく困難になっている。最弱国ギリシャがその最初の被害者となった。2000年通貨統合の当初高賃金国ドイツはアイルランド、スペイン、旧東欧諸国など新興EU加盟国に雇用を奪われ、厳しいデフレ圧力を受けた。ドイツにおいて生産性向上・賃金抑制のプレッシャーが高まった。他方EU新興国は統合ブームによる労働需給ひっ迫で賃金が上昇し、著しいコスト高となった。その結果ドイツの輸出競争力が強化され、経常収支はドイツの突出した黒字、その他の大幅な赤字と言うコントラストが定着している。EUと言う域内固定レートではドイツの競争力優位は増大する一方である。欧州通貨統合の枠内でそれを処理しようとすれば、①EU新興諸国の生産性上昇、②E U新興諸国の賃金引き下げ・デフレ、③ドイツの賃金引上げ・インフレ、それらが無理となれば、④欧州通貨統合の崩壊が選択肢として浮上する。
様々な緊急避難の弥縫策を講じつつ①のEU新興諸国の生産性上昇を待つほかはない、と言うところであろう。世界経済が大きく悪化すれば、④の可能性もあるがそれは政治的に容認されまい。となると、当分ドイツには賃金上昇の余力、企業マージン上昇の余力がため込まれることになる。ドイツがその余力をどうEU新興諸国に割り当てていくか、新たな仕組み作りが問われるだろう。
多くの防波堤、危機は一旦封じ込めへ
現下の疑問は、ギリシャ危機が直ちに他のEU諸国に伝播し、EUの抜本的制度見直し(EU新興国のユーロからの離脱、各国財政主権の放棄、EUの廃棄)にまで至るかどうか、である。事態は流動的であり結論を急ぐべきではないが、その可能性は小さく、ギリシャ危機は封じ込めが可能と思われる。①IMF、EU各国、米国など全世界の危機感に基づく協調が保たれていること、②米国経済の回復の下世界経済は4.2%と昨年から4.8ポイントの急回復途上にあること、③資金が米国やドイツなど中核国に還流してそれらの国の長期金利が低下し成長機会が高まってくること、④ECBの一段の金融緩和とユーロ安によりEU中核国(ドイツ)の対EU外競争力が強まり、EU中核国の成長が高まること、など様々な防波堤がある。世界株式急落で一気に危機感が高まったこともあり、(流動性危機の鎮静化とともに)事態は一旦は沈静化するのではないか。今回の危機は米国とドイツの経済プレゼンスを浮上させることとなろう。