2012年09月20日

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ストラテジーブレティン 第79号

「ブラックスワン」対中央銀行、見劣りする日銀

ベン・バーナンキFRB議長とマリオ・ドラギECB総裁は無尽蔵の弾丸により、「ブラックスワン=貨幣偏愛」を殺すために立ち上がった。Don’t fight the Fed(Fedと闘うな)、投資家はリスクテイクの潮流に逆らうことはできないだろう。但し白川氏は及び腰、敵も鮮明でなく日本の独り負け形勢(円高デフレ)からの転換はぼやけたままである。

無尽蔵の弾丸を撃つFRB、ECB中央銀行

9月13日、米国中央銀行(FRB)はQE3に踏み切った。毎月400億ドルのMBS(不動産担保証券)を無期限で購入するというもの、資産価格引き上げを通して雇用と経済の持続拡大を果たすという覚悟が鮮明である。QE3は先行するQE1、QE2とは決定的な相違がある。第一にQE1、QE2は買い入れ資産規模が決められていたが、今回は無制限、第二にQE1、QE2はデフレ陥落の危機に対する防御が第一義であったのに対して、QE3はデフレリスクが十分低下しているのに実施しているという点である。図表1に見るように、QE1、QE2は米国の期待インフレ率(10年国債利回り-物価連動10年国債利回り)が急低下した時に実施されているが、今回はそれが十分上昇している局面で実施された。つまりQE3はデフレ防衛という受け身ではなく、雇用回復という目的に対して攻撃的スタンスに立っている。その最初の恩恵は住宅需要回復、住宅価格の回復となって現れるだろう。 図表1:米国の期待インフレ率(10年国債利回り-物価連動10年国債利回り) 9月6日、ECB理事会もESM(欧州安定メカニズム)への支援要請などを条件に、無制限のOMT (Outright Monetary Transactions、南欧諸国国債買い入れ)を決定した。それはユーロ危機の根底にあった、「ブラックスワン・シナリオ」(=恐怖の増幅によるシステム崩壊の可能性)を排除し、市場心理を根本転換させると予想される。2010年以降のユーロ危機は、南北間の不均衡と南諸国の放漫経済(低生産性・財政赤字)といったファンダメンタルズだけではなく、ユーロ崩壊必至と決めつける投機家の喧伝によって、金融市場が事実上機能停止(=「貨幣偏愛」の定着)したことによっておこった。OMTはそれに照準が合わせられている。

「ブラックスワン・シナリオ」に対する戦い

リーマン・ショック以降、市場参加者は過剰なリスク回避に囚われてきた。100年に一度のはずの「ブラックスワン・シナリオ」が毎年現れるかのような想定にとらわれ、極端なリスク回避バイアス(「貨幣偏愛」)が強められていた。「貨幣偏愛」が放置されれば経済の崩壊は不可避となる。FRB、ECBはそれを主敵とするあからさまな作戦に乗り出したのである。 そのタイミングが絶妙であった。6月のギリシャ選挙以降、大半の投資家の意表を突くサマーラリーがおこり「ブラックスワン・シナリオ」が劣勢の局面で作戦は打ち出された。投資家はDon’t fight the fedの格言通り、無尽蔵の弾丸を持つ中央銀行にチャレンジすることは困難になるだろう。6~8月世界の株式市場は悲観論が蔓延するなかでサマーラリーが展開された。10~15%の主要国株価指数上昇に対してヘッジファンドの運用成果は数パーセントと大きく劣後した。情報取得面での優位性の消滅、市場アクセスの優位性の消滅、金融技術活用優位性の消滅、などヘッジファンドの優位性が崩れた事が原因として語られた。それも一因だが本質的には投資家の相場観の大外れによるのではないか。テールリスクの過大視である。ブラックスワンは100年に一度のもの、毎年は現れないのに、それが頻発するとの悲観バイアスが喧伝され続けた。中央銀行が無尽蔵の貨幣発行をすれば「ブラックスワン・シナリオ」は回避できる、という事実を軽視していたと言える。 中銀政策の新時代が始まっている。第一に、セーフティーネット、金融危機に際しては最後の貸し手(lender of last resort)ではなく、最後の買い手(buyer of last resort)として振る舞う。第二に、流動性供給手段としては従来の銀行貸し出しを経由したそれではなく、市場価格の引き上げ=リスクプレミアムの引き下げを通した購買力の創造として遂行する、第三に、金融政策波及メカニズムの変化、資産価格上昇による資産効果、心理効果を重視する、というものである。それはバランスシートの拡大を通して行うため、ゼロ金利の下でも無尽蔵の弾丸を準備できる。 それにしてもバーナンキFRB議長は何故かくも果断なのか、それは研究者としての信念によるものだろう。①資本余剰・労働余剰が空前に、②直接金融、シャドーバンキングの増大、という金融環境の変化に対応したものである。デフレは不可避といった敗北主義からの観念論的批判は、経済成長の実現を使命とする政策当局にとっての選択肢にはならない。

及び腰の日銀、スタンスの差、鮮明に

9月19日、日銀も資産買い入れを10兆円増額するという新たな緩和策を打ち出した。白川総裁は「欧米に比べて日銀が大胆さ、積極性で見劣りするとは思っていない」と強弁するが、無制限の弾薬という点でも、主たる敵「ブラックスワン=貨幣偏愛」を明示していないという点でもその臆病さは比較にならない。円高デフレの害悪に対する認識、日本のデフレは統計上、過少評価されているとの認識(渡辺務東大教授「物価統計の精度向上を急げ」9月13日経新聞経済教室)、過度のリスク回避により日本の金融市場が完全に機能不全に陥っている(空前絶後のリスクプレミアム)という認識が、著しく希薄と言わざるを得ない。円高デフレの脱却は緩慢で、資産価格上昇も米国やドイツに劣後することとなりそうである。

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