債務史観vs. 生産性史観シリーズ第三弾として、歴史的急騰を遂げている金価格を検証してみる。確かに金は経済困難とそれへの対症療法としての金融緩和=マネー供給の結果として、値上がりしてきた。しかしだからと言って金の価格上昇が経済頽廃の兆しとの通念は、誤りである。むしろ過去、金価格の上昇は経済と株価上昇の前兆であった可能性がある。
金上昇、通貨レジームの変換、長期株高
金融波乱と連動して金価格が上昇してきた。2007年以降金の急騰局面が続いているが、これは100年の近代資本主義史上三度目の金急騰である。第一回目の金価格の上昇は1934年米国で金本位制が放棄され管理通貨制度に移行した時で、1オンス20ドルであった金価格は35ドル/オンスとなった。第二回目の金価格上昇は1970年代後末から1980年までで金価格は1オンス850ドルまで急騰した。この過去二回の金価格上昇は通貨制度の転換期に当たっていた。1934年の金価格上昇は金本位制の崩壊によって実現したものであった。1980年の金急騰は1971年のニクソンショックによるドル金交換の停止(それまで続いていた国際間取引における金本位制の崩壊)と、ペーパードル本位制の確立の過程で起こった。つまり過去二回の金価格の上昇は、大きな通貨レジームの歴史的転換に際して起きたものと言える。また図表5に見るように、金価格の上昇は長期株価上昇の起点で起きていたと言う一致もある。金価格上昇=新通貨レジームの確立=長期株高の開始、という因果関連が成り立っているとすれば、今回の金価格急騰の先には通貨制度の大きな変革が待っているのだろうか。また株価の長期上昇の可能性が出てきたと言えるのだろうか。
なぜ金が値上がりするのか、マネーの供給増による
金価格上昇のメカニズムは一様ではないが、マネー供給との強い関連性がうかがえる。図表1は米国のベースマネー残高を名目GDPで除したものであるが、この比率は過去100年間で1930年代前半および2009年~現在と二回急上昇しており、金価格の上昇と軌を一にしている事が明瞭である。1980年の金価格上昇に於いてはそうしたベースマネー/GDP比率の上昇は起きていないが、1980年時点での金上昇の背景にも信用の増加があったことが伺える。図表2は米国の実質負債成長率(国内非金融部門)を示したものだが、1980年代前半に実質負債が空前の急上昇を見せた事が明らかである。図表3に見るように1970年代末の米国では物価急上昇と名目GDP急膨張が続いており、それに連動してマネーストックが積みあがっていた。しかし1980年代初頭に物価上昇率の急下降が起こり、信用の増加と資本の余剰が顕著になったのである。物価上昇率の急低下により名目GDPの成長率は大きく低下したのに、マネーや信用創造の伸び率は直ちには収縮しなかった。この結果インフレの急低下によりマネーが相対的に余剰になったと言える。
金価格上昇は購買力のプール、その後の繁栄・株高の起点に
それではなぜ金価格の上昇が、その後の経済拡大と株価上昇の起点となったのだろうか。私が最も説得的だと思われる仮説は、「金価格上昇=購買力のプール」説である。金需要には工業用や装飾用もあるが、中心は投機需要つまりポートフォリオ投資の一環としての需要と考えられる。特に金の需要変動や価格変化という観点では工業用や装飾用需要は安定的であるので、投機的要素の影響が決定的である。そしてポートフォリオ投資という観点から、金需要は他の投資対象の魅力が失われた時に需要が高まってきた。1980年前後では、インフレによる通貨減価、金利上昇による証券価格の下落の際の避難先であった。2007年以降は情勢の不透明性が金選好の原因となった。原油など資源インフレ、金融危機の深化に伴う金融資産と不動産価格の暴落懸念、ドル紙幣に対する信認低下の懸念等リスクが山積し、ヘッジの必要性が高まった。特に2005年頃より急速に普及し巨大化したETF(GLD)*によって、金によるリスクヘッジ機能は一段と強められてきた。
このように金は過剰購買力を貯めておくプールと言え、金価格の上昇とは過剰信用=購買力が蓄積している状態と言えるのではないだろうか。従って金に蓄積された購買力が金価格の下落によって放出される時(=不透明性が解消し金によるリスクヘッジが低下する時)、経済は成長し株価は大きく上昇すると一般化できるのではないか。1980年はインフレ見合いの流動性供給→インフレの沈静化によりマネー過剰=経済拡大・株高に結びついた。1930年代および現在は金融体制の目詰まりがマネー流通速度の急低下をもたらし、対症療法としてベースマネーストック(残高)の急膨張を余儀なくされている。今後国際金融体制の再構築により流通速度が回復していけば、マネー過剰がやはり経済拡大と株高をもたらす可能性があるのではないだろうか。その場合金価格は下落する。
*今や金ETF(GLD)は650億ドルの規模と民間では世界最大の金保有者となっている。
金価格とインフレ
金価格はインフレとの連動性が指摘される。事実、1970年代、1973年、1979年の二度の石油ショックをはさんで米国物価は騰勢を強め金は石油や銀などの商品価格とともに上昇し、物価の沈静化とともに急落した。しかし1930年代および今日における金価格の上昇は逆である。金融危機がぼっ発しデフレの危機が高まり、長期金利が低下している局面で金価格が上昇している。金価格と物価に明確な因果関連はないと見るべきであろう。
金価格とドル信認は無関係、ドル相場は需給で動く
金の上昇をドル不安と性急に結論づける見方もある。確かにそうした側面があることは否定できない。しかしリーマンショック時もギリシャ・欧州通貨不安の現在も、流動性の危機が高まると逆にドルが強くなり金は売られている。有事の金ならぬ有事のドルこそ健在であり、投資家が好む流動性のラストリゾートはドル紙幣であることが奇しくも証明された形となった。金は発行体の無い通貨であるので破綻リスクなし(=ソブリンリスクなし)と指摘される場合がある。しかし、金は今や通貨ではなく投資家は1980年代の暴落も経験している。「金は破たんリスクのない通貨」という見方は、人々がドル廃貨、金本位復権という期待(=幻想)にとらわれている下でのみ成り立つ議論と言える。
米国ドルのベースマネー供給が著増した時に需給要因からドル相場が下落する場面は見られた。しかしそれがドル不安かと言えば事情は逆である。むしろ危機進行の下では、①最後の支払い手段(currency of last resort)としてドル選好の高まり、②ドル金利の低下、が起こっているのである。金上昇とドルに対する信認は全く無関係と言って良いのではないか。
金の値上がりは吉兆である可能性
このように見てくると、今日までの金価格の値上がりの原因は通説的理解であるインフレでもドル不安でもなく、単純に米国のマネー供給増大化に連動したに過ぎない、と言える。このマネー供給の増加がその後に何をもたらすかは、簡単には結論は下せない。ただ過去の経験則は、金価格上昇=マネー供給増加はその後の信用創造と経済繁栄、長期株高に帰結したと言える。そうした中でマネー供給の新たなメカニズムの萌芽がみられるのかもしれない。私の直感でいえば、それは市場中心のマネー創造「市場本位制」のようなものになるのではないか。あるいはドルがより透明かつ効率的な通貨市場に立脚することとなり、新たな「ドル本位制」の強化をもたらすのではないだろうか。①金本位制下の下での金を裏付けとした通貨供給、②管理通貨制の下での国債(ソブリン債)を裏付けとした通貨供給、に続き、③キャッシュフロー資産を裏付けとする通貨供給、である。 量的金融緩和QEはそうした通貨新時代の萌芽と見ることはできないだろうか。