2022年12月19日
ストラテジーブレティン 第320号
2023年の経済見通し、リスクシナリオの点検
~ 来年を悲観的に見なくていい理由
(1) 世界のブライトスポット2023年の日本経済
世界経済の急減速が続いている。IMFは世界経済見通しを2021年6.0%、2022年3.2%の後、2023年は2.7%と見ているが、さらなる下方修正は必至。コロナパンデミック、ウクライナ戦争、米中対立の激化など、経済外のかく乱要素がとてつもなく大きい。サプライチェーンの混乱とエネルギー価格の高騰による40年ぶりのインフレに対応し、各国はこぞっての金融引き締めを実施しているが、2023年はその影響が顕在化するものと見られる。中でも不動産バブルの崩壊とコロナ対応のロックダウンによる中国の失速が心配される。
顕在化する日本固有の好要因
しかしその中で日本の底堅さが特筆される年となるだろう。2023年の成長見通しをIMFは米国1.0、ユーロ圏0.5%、日本1.6%(10月時点)、OECDは米国0.5%、ユーロ圏0.5% 、日本1.8%(11月時点)と予想しており、先進国の中で日本が一番高くなっている。日本経済は、①世界的金融引き締めの中で唯一緩和基調が維持されていること、②パンデミックに対する過剰反応及び消費税増税によりコロナ後の経済の落ち込みが主要国中で最も大きかったが、その反動が期待できること(コロナ禍直前の2019年10月の消費税引き上げが1.5%程度の日本の総需要を抑制し続けてきた)、③円安のプラス効果が発現すること、等が日本経済を支える。
円安への転換が全てを変える
大幅な円安の定着により、日本経済の大きな枠組みが変わった。円高が原因となったデフレの時代が終わり、2023年の日本経済はバブル崩壊後最も明るい数量景気の年となるだろう。Jカーブ効果により円安初期の価格面でのマイナス場面が終わり、数量増の乗数効果が表れる時期に入る。円高で日本から海外に逃げて行った工場や資本、ビジネスチャンス、雇用が、円安によって日本に戻ってくる。円安はまた、インバウンドを増加させ、外国人観光客が日本の津々浦々の地方内需を刺激する。極端に割安になった日本製品を個人や中小企業が購入し、インターネットを通して海外へと販売する越境EC(イーコマース)も急増している。
このように安いニッポンに向かって、様々なチャンネルを通じて世界の需要が集中し、国内景気を活性化するだろう。
企業経営者の行動変化が長期停滞脱却のLast pushに
失われた20年の長期停滞は直接的には全て企業経営者の判断によって引き起こされた。国内投資の抑制、賃下げ、借金返済と安全経営等、企業生き残りのためには正しかったこれまでの政策が、今大転換を迫られている。企業経営者が迫られている必至の戦略変更とは、①工場の海外工場移転か国内回帰へ、②賃金抑制から賃上げによる優良労働力確保へ、③安全性最優先のデレバレッジからリレバレッジ経営へ、である。行動が変わらない企業は淘汰される。企業経営者の政策転換が、円高デフレの終焉を決定的にするだろう。
(2) リスクシナリオの点検 ①日本の金利急騰と景気失速のリスク小
YCCの二つの終わり方
日本経済ウォッチャーにおいて共有されている最大の懸念は、世界で唯一長期金利をコントロールしている日銀の超金融緩和政策YCCの帰趨である。YCCの終わり方に勝って終わるか負けて終わるかの二通りがある。勝って終わるとは、日銀が所期の目的であるデフレ脱却と2%インフレの定着を実現した後、YCCを終える道であり、それは株高を伴う望ましい終焉である。負けて終わるとは、デフレ脱却を果せずにYCCを終える道であり、長期金利の急騰、債券暴落、景気悪化と株安が同時に起きるので、景気後退のみならず金融危機を引き起こすかもしれない。それは日本が世界最大のクロスボーダーの貸し手であり、世界金利のアンカーである故に、容易に世界金融危機につながるかもしれない。
鍵は円暴落があり得るかどうか、にかかっている。ジョージ・ソロス氏のポンド売り投機に襲われた1992年の英国は、為替を取る(=EMS欧州通貨制度加盟維持)か、国内景気優先の金融緩和維持を取るかの二律背反(ジレンマ)状況にあった。今の日本に当時の英国同様の弱みを嗅ぎ取った海外ヘッジファンドが、時折日本売りのチャレンジを試している。そのチャレンジが成功するかどうかは、日本政府・日銀の許容限度を超える円暴落が起きるかどうか次第であろう。
ドル安は100兆円レベルの巨大な利益を日本にもたらす
武者リサーチは、タガを外れたような円の暴落は全く考えられないし、日本に円安を止めなければならない理由もない、と判断している。日本は世界最大のドル保有国なので、ドル高は日本の保有外貨資産の価値を大きく押し上げる。対外純資産は3.6兆ドルと世界最大、米国国債保有額も1.2兆ドルと世界最大であり、ドル高は100兆円規模の巨額の為替換算益をもたらす。それを利用することで企業投資、政府によるハイテク・グリーン投資、防衛支出の増強などの費用が賄える。また企業の価格競争力は飛躍的に強まる。円安が進めば輸入物価が上昇するというマイナスはあるが、それは工場の国内回帰と国内製品の輸入代替を進めるので国内生産はより増加する。
軍事同盟下の日米金融協力
日本円を考える上で日米金融協力も大事である。米中対立下で日米政府間の協力は軍事・外交のみならず、広範に緊密化していることがうかがわれる。円の急落を(620億ドルという相当の対日貿易赤字を抱えている)米国側が容認していることは、ほぼ明らかである。コロナ危機勃発直後のドル調達難に際して米中央銀行が巨額の緊急融資を邦銀に対して行ったことからも、日米金融協力が見て取れる。万が一の円の暴落は米国政府にとっても許容できないはずである。それは直ちに国際金融を不安定化するし、円安が進行すれば日本企業の競争力強くなり過ぎる。米国で生き残っている数少ない製造業は自動車、半導体製造装置だが、それらにとって日本企業が最も手ごわい競争相手であり、産業の利益という観点からも円安に歯止めがかかるはずである。
150円以上の円安の余地は小さい、YCCは当分続く
米国インフレと長期金利のピークアウトという循環的ドル安要因も顕在化しつつある。このように考えればヘッジファンドが期待している、日銀が通貨安を止めるために金融引き締めを余儀なくされる、ということは起きようもない。日銀はじっくり政策目標であるデフレ脱却に自信が持てるまで金融緩和を続けることが出来る。デフレ完全脱却と株高。次期日銀総裁もインフレターゲットの実現まで利上げを待てる。2023年のドル円レートは150円から130円のレンジか、日銀の政策フリーハンドは続き、YCCは2023年年末まで維持される可能性が高い。
(3) リスクシナリオの点検② 米国のリセッション深化とバブル崩壊のリスク小
堅調な米国ファンダメンタルズ
インフレはピークアウト、FRBは断固とした利上げによりインフレマインドのスパイラル拡大にキャップをかけた。ターミナルレートは5%を超えていくが、そのもとでも米国景気は、雇用・投資・企業利益等が堅調でソフトランディングの可能性も残されている。実質賃金はマイナスだがコロナ禍の下で潤沢になった貯蓄と好調な雇用環境(給与・賃金)、財政政策の寄与により、消費は容易に失速しないだろう。米国企業はインフレにより10%近い増収が続き、賃金も上がるが企業の価格決定力も健在で、ドル高による海外利益の換算益減少を除き、利益率が大きく下がる要素は少なく、高水準の利益が維持されるだろう。
オーバーキル回避できるか、2条件(長期金利、司令塔の思想)の吟味
FRBのインフレ抑制優先姿勢によりオーバーキルに陥るのか、回避できるのかの見極めが重要である。武者リサーチは、①潤沢な貯蓄クッションとドル高により長期金利がはっきりと低下趨勢を示していること、 ②FRB、米財務省という指令塔は、(パウエル議長がどのようなレトリックを弄しようとも)本質的にデフレのリスクをより強く認識していると考えられること、のに点により2023年の前半に金融政策の大転換が起きると想定する。急速な利上げが、家計やシャドウバンキングの債務コストの上昇をもたらし、企業・金融破たんを引き起こす連鎖には留意が必要だが、個別破綻がシステミックリスクに転化しそうな気配があれば、FRBは落下傘的救済措置を取るだろう。バブル崩壊論者が待望するようなcatastropheは起きそうもない。
長期金利抑制=貯蓄余剰=潜在的デフレリスクの存在
6%のコアCPIの下で3%台に長期金利が抑制されているということは、潜在的な貯蓄余剰=デフレリスクの存在、を示唆する。このことにより、いつでも金融緩和という手段を使える。イエレン財務長官が主張する高圧経済状態を維持するという戦略が生かされるのではないか。比較的タイトな労働需給が続き労働者の強いバーゲニングパワーが維持されることで、企業には労働生産性向上のインセンティブが与えられ、それはサプライサイドも強化する。その場合インフレ率3%へとターゲットをシフトさせる可能性もあり、FRBの市場フレンドリーという傾向は変わることはないだろう。となると2022~2023年はリセッションの年ではなく、長期経済拡大の中で3~4年ごとに訪れた2013年、2016年のような、ミニディップの年になるかもしれない。利上げ一巡、利下げが視野に入る2023年中には米国株式は騰勢に転ずる可能性が高い。
米国経済司令塔の経済思想の推測
武者リサーチは米当局はオーバーキル回避に軸足をシフトしていくと考える。なぜなら現在の米国の最大のリスクが良いインフレを殺すことであり、高圧経済論者イエレン氏はじめ米国のリーダーはそれを強く意識している、と思われるからである。
米国の根本リスクは企業の好調な利潤が経済成長につながらず、金融市場で滞留して低金利を引き起こしていること。この低金利は短期的にはいいことだが、それが行き過ぎるとデフレ、大不況を引き起こす。それを回避するためには、健全な賃上げ、労働分配率引き上げにより企業の過剰利益を抑制し、他方で賃金上昇により消費が喚起されることが必要である。
このところの米国長期金利の低下によって、コロナ後のインフレと金融引き締めにもかかわらず、米国および先進国経済の以下の基本矛盾、
R1 (利潤率) > G (成長率) > R2 (利子率)
という不等式が変わっていないことがほぼ明らかになった。この基本認識が、「インフレはいいことだ」との認識をもたらしている、と考える。パウエル議長がインフレを一時的(transitory)と評して看過し続けたのは、そうした基礎認識があったからであり、大枠として間違っていない、と考える。
(4) 最大リスクは中国、景気失速と台湾リスク
排除できない台湾有事
2023年の最大のリスクは依然地政学であろう。ウクライナ戦争に関しては、ロシアの敗色が濃厚になるか、膠着状態が強まるかであり世界経済への悪影響は限定的であろう。しかし極東においては、中国による台湾有事の可能性が高まっている。
中国経済減速顕著
中国経済は一段と減速、不動産バブルの崩壊は当局の弥縫策を伴い、緩慢ではあるが広範化しつつ進行している。日本の過去になぞらえれば、不動産不祥事が顕在化しつつも金融不良債権の実態が見えていなかった1994~5年の様相を呈している。山一証券破たんから始まる金融危機の数年前に相当する。
11月の貿易急減も衝撃的である。前年比で輸出-8.7%、輸入-10.6%という中国貿易の落ち込みは、日本(11月の輸出+20.0%、輸入+30.3%)、米国(10月の輸出+11.7%、輸入13.0%)と好対照であり、変調をうかがわせる。コロナ・ロックダウン下とはいえ11月消費も-5.9%と前年水準を大きく下回っている。
経済不安に直面した専制的支配者は、対外強硬路線で求心力を図ることが多い。経済困難、長期見通しの悪化が見えているので、経済力がピークにある今のうちにアクションを取るべきだとの仮説も成り立つ。
「旧体制と大革命」が示唆する習体制の末路
コロナ・ロックダウンに対する抗議運動の自然発生的勃発と広がりは、監視国家による統治能力の限界を垣間見せた。人々が職にあぶれパンが得られなくなって流民化すれば、強権・監視は威力を失う。パンを求める貧民は、専制政府のセンサーシップ、監視国家を恐れない民衆と化す。中央集権と独裁権限の強化は、ガス抜きや不満の受け皿を壊してしまっているかもしれない。慌てた習政権はロックダウンの緩和へと、抗議運動に譲歩したが、それは(一旦は抑え込まれるにしても)抗議活動に一定の自信を与えるかもしれない。
フランスの歴史・思想家A・トクビルは「旧体制と大革命」において、革命の原因として、①旧体制下の中央集権化と不満吸収装置の喪失、②ルイ16世の民衆に対する憐憫が逆効果を生んだこと、を指摘していると評されているが、習近平体制もそうした過程に入り込みつつあるかもしれない。