2022年12月01日

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ストラテジーブレティン 第319号

ドル高がもたらす世界成長、ドル帝国循環の始動

世界の機関車、中国から米国へ

2022年は大不況になって当然の年と思われた。①米国での0%から4%へ400bpという史上最速の金融引き締め、②中国経済のコロナロックダウンと不動産バブルの破裂による急減速(実質GDPは2021年8.1%から2022年1~9月3.0%へ)、③ウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰と欧州経済困難化という世界3極の問題の大きさを考えれば、2022年の世界経済は深刻な経済後退に陥って当然であった。しかし、そうはならなかった。米中貿易戦争とデカップリング(グローバルサプライチェーンからの中国排除)や、ドル高により資金流出を余儀なくされる新興国経済困難化などの予想されていた問題も、深刻化することはなかった。

 

「2022年、世界経済はなぜ活力を失わなかったか」と言えば、「米国消費者の巨大な胃袋が健在であったから」と言うことに尽きるだろう。武者リサーチは1年前から「ドル高の時代が始まったのではないか。コロナ危機に対して米国が世界にドルを供給し、結果としてドル安になった時期は終わった。これからはドルが強くなり、世界の資金が米国に集まり、米国内需つまり米国への輸出が各国経済を推進する時代に入っていくのではないか。中国の景気落ち込みは更に大きくなるかもしれない。他方、米国消費は旺盛、世界経済の機関車は中国から米国にシフトしつつある。」(2021年10月19日発行 ストラテジーブレティン292号「ドル高・円安で日本の価格競争力向上、企業収益急伸へ」)と予想したが、その通りの展開となっている。2022年の名目成長率は米国8%、中国5%程度となり米中成長率逆転が起きることは必至である。

 

ドル高が 米国(≒世界)需要を最大化するメカニズム

鍵は想定外のドル高にある。為替理論では説明できないドル高が進行した。①インフレ高進(=通貨価値減価)の下でのドル高が進んだ。②米国金利急上昇とはいえコアCPIが6%と高進しており、名目10年債利回り4%弱、つまり実質金利は2%を超える大幅マイナスの中でのドル高が進行した。③また米国経常赤字は1兆ドル(対GDP比4%)と急拡大する中でドル高が進んだ。為替モデルで通貨予測をしてきた人々にとっては、説明がつかないドル急伸であった(図表3, 4参照)。

 

しかし結果オーライ、ドル高による米国への資金流入は、米国長期金利を押し下げ、米国の輸入インフレを引き下げて実質購買力を押し上げ、対米輸出増加というエンジンを多くの新興国や資源国に与えた。因果関連で言えば、米国資金流入が米国のISインバランス(貯蓄を大幅に上回る過剰(?)消費)を推進して世界成長をけん引したと言えるだろう。

図表5に見るように米国の対外赤字は、対中で減少に転じているのに、メキシコ、ベトナム、カナダ、アイルランドなどに対して大きく増加し、米国の経常赤字は年率1兆ドルベース、対GDP比で4%に達している。図表6は米国の経常赤字の対GDP比とその中の対中赤字対GDP比だが、対中以外で大きな赤字が発生していることが鮮明である。米中対立下で、中国以外の対米輸出拠点が大きく成長していること(米中摩擦のプラス効果)が窺われる。

 

ドル高は現在において米国の国益に直結している。

  1. 輸入価格下落により大幅な差益(交易利得)発生するが、それは輸入物価低下によりイ1ンフレが抑制され実質所得を押し上げることで実現する。米国は年間2.8兆ドル(364兆円)の財輸入がある。前年比10%のドル高は2800億ドルの輸入価格低下効果をもたらす。米国の年間消費額は17兆ドルなので、それがすべて消費物価に反映されると仮定すれば、消費者物価を最大限1.3%押し下げる(=実質購買力を押し上げる)効果をもたらす。
  2. また海外からの資金流入が米国長期金利を抑制し、需要を喚起する。
  3. さらに米国の対外投資力を増幅させ、米国の世界でのプレゼンスを高め、競争相手である露中の地位を低下させる、などドル高はいいことづくめである。

同時に、ドル高は世界経済にとっても好都合と言える。需要不足の世界に対して米国消費を喚起し需要を追加提供する手段なのである。

 

姿を見せ始めたドルの帝国循環

かくしてドル高が米国の輸入増加(=米国の債務増加)、世界成長の加速と資本の米国への集中という好循環を引き起こし始めている。ドル高(orドル相場の高水準での安定)が続く限り、この好循環は米国中心の世界経済繁栄を持続させるものとなる。筆者は2007年、東洋経済新報社より発行した『新帝国主義論』の第4章「地球帝国循環の成立とドル体制」でこのことを分析した。「経済の長期繁栄には、それを持続可能にするメカニズムである所得と資本の循環が不可欠である。パックス・ブリタニカ、パックス・アメリカーナ第一期(1950~1970年代)にはそれぞれの繁栄を支えた資金循環のパターンが形成されたが、パックス・アメリカーナ第一期に続く混乱期を経て、1990年代末から新たな安定の資金循環、地球帝国循環が姿を現し始めた」と主張した。今はその延長上にあると考えられる。

 

いいことずくめのドル高の死角検証 ①、米国企業の競争力低下 ➡ 当面大丈夫

このようにいいことずくめのドル高だが、二つの死角がある。第一は、米国企業の価格競争力の低下である。それが顕在化した時ドル高にブレーキがかかるが、今、米国企業が他国と価格で競争をしている品目は自動車などごくわずかである。米国製造業の大半は相手国が作っていない技術・非価格競争優位のある商品であり、ドル高になっても競争力が低下する恐れは小さい。図表9に見るように今や米国国内の財需要に対する輸入依存度は、1970年初めの10%程度から80%へと上昇し、ほとんどの製品において米国国内に生産企業は存在していない。インターネットプラットフォーマーGAFAMなど海外に競合企業がない場合、ドル高による現地コストの上昇は現地販売価格の引き上げで対応でき、米国の対外所得(=ドルベースでの収入)は変わらない。

 

いいことずくめのドル高の死角検証 ②、支払い利息のスパイラル的増加 ➡ 当面不安なし

第二の死角は、米国債務の累増による支払い利息・配当の増加である。米国の対外赤字は過去40年累計で13兆ドル超に達しているので、現在の長期金利4%の利子が発生するとすれば年間5330億ドルの対外支払い(一次所得のマイナス)となり、スパイラル的な債務増加の蟻地獄にはまっているはずなのに、そうなっていない。米国は膨大な対外純債務国であるが、支払い利息を含む一次所得収支は1750億ドルの黒字なのである。米国は世界で唯一債務に対してコストを払っていない国と言える。基軸通貨発行国なので、シニョリッジが働くこと、米国企業の海外収益性が高く、海外企業の在米収益性が低いこと(図表11)などの事情が働いていると思われる。これらの結果米国は太っ腹に対外債務(=ドル発行)を増やし、世界経済成長をけん引できているのである。このドル発行にまつわる米国の強さこそ、覇権国米国の秘密兵器に他ならない。米国は最優先課題である米中覇権争いに際して、この特権を最大限に活用しようとするはずである。

 

予想されていなかった強い米国の強いドルの時代 (筆者は想定していた)

このようにドルが辿り着いた新境地は、これまでの為替論議が全く想定してこなかったもの、市場参加者もアカデミズムにとっても、未踏の新領域である。これまで多くの論客がその時代のドルと円を巡る思想をリードする分析を提示し、市場参加者に新たな知見を示した。巨額の対外債務の下でドル高は持続可能ではないと主張したポール・クルーグマン氏(“Sustainability and the Decline of the Dollar” 1985年)、対米大幅貿易黒字の日本は輸入障壁を撤廃しない限り為替市場は際限のない円高で反応すると主張したリチャード・クー氏(「良い円高悪い円高」1994年)、累積債務で紙くずになるはずのドルを、貿易黒字を積み上げることでため込んでいる日本経済の愚を批判した吉川元忠氏(「マネー敗戦」1998年)、三國陽夫氏(「黒字亡国」2005年)などは、歴史に残る分析である。しかし今我々は全く次元の異なる、新たなドル安定の時代に立ち至っている。

 

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