2021年12月03日
ストラテジーブレティン 第295号
米中デカップリングは可能なのか
トランプ氏の価値観に基づく中国(共産党)対抗姿勢堅持
バイデン政権が発足してから11カ月が過ぎ、対中政策でトランプ政権時とは違った面も目立つようになってきた。民主主義対独裁専制という価値観対立の観点はトランプ政権とは変わらない。しかし外交面で中国を包囲する動きはトランプ政権よりは踏み込んだものとなっている。インド太平洋地域への関与強化は、AUKUS(米英豪による軍事技術共有)、Quad(米日豪印戦略対話)などが相次いで開催され、各種のイニシアティヴが打ち出された。アフガン撤退も中国を睨んだアジア太平洋地域への注力が狙いである。さらにバイデン政権は強制労働に代表される人権問題に力を入れている。3月にUSTRは、新疆ウイグル自治区での人権侵害を最優先課題に挙げ、同自治区産の綿・トマト製品輸入を全面的に停止した。また6月には太陽光パネル関連製品の輸入に一部制限を導入している。
米中協調場面の演出も
しかし他方で、対中姿勢が軟化していると見える要素も多い。気候変動、軍事、貿易、安全保障などの分野で協議が再開されている。スコットランドにおけるCOP26での共同宣言、11月16日の米中首脳らよる衝突回避ルールづくりのためのオンライン会談など、協調の場面が増えている。
半導体サプライチェーンでの中国排除は全く機能せず
特に意外なのは、中国を排除した国際サプライチェーン(EPN)構築が、看板倒れになりそうな気配である。安全保障上の要請による①輸出管理、②対米投資審査の強化、③政府調達における中国品の排除などは、トランプ政権からの路線を踏襲しているとされている。しかし実際には半導体関連はほとんどデカップリングできていない。EUV(極端紫外線)装置等の最先端機器以外は、エンティティーリストに挙げられた企業への機器輸出の大半が認可されている模様である。WSJは2020年11月から2021年4月の間に米商務省はファーウェイ向け輸出許可610億ドル(認可率69%)、SMIC向け420億ドル(認可率90%)合計1000億ドル以上を許可したと報道している(10月22日付)。
半導体装置対中輸出急増
半導体製造装置の対中輸出が急増している。2021年第1~3四半期の世界半導体製造装置販売額は752.3億ドル、前年比45.5%増であったが、このうち中国は214.5億ドル、前年比56.5%増と平均を上回っている。1~3四半期の中国の世界シェアは29%と韓国26%、台湾24%、日本7%、北米7%を大きく上回り世界最大となっている。米国半導体製造装置業界トップのアプライドマテリアルの2021年度第3四半期(5~7月期)売上額は前年同期比41%増の62億ドルであったが、うち22.5億ドル(全体の36%)が中国向けである。このことは米国通関統計による中国へのハイテク製品輸出が2021年1~9月累計で278億ドル、前年比27%増と全体の伸び率16%を大きく上回っていることからも確認できる。
図表2は2020年12月時点のSEMI(国際半導体装置材料工業会)による半導体製造装置出荷額の見通しである。中国は2020年世界最大市場になったものの、2021年以降、米国の対中輸出規制から大きく減少するだろうと予想されていた。しかし、実際は世界最高の伸びを続けているのである。
半導体投資額は将来の半導体生産シェアの先行指標であると見られることから、米国による中国への半導体装置供給容認は、中国のハイテク製品の供給力を一段と強めることになる。
「もし米国半導体業界が中国顧客へのアクセスを失ったら、最大1240億ドルの生産が消失し10万人以上の雇用が危機にさらされ、120億ドルのR&D費、130億ドルの設備投資が脅かされる。航空機で中国へのアクセスが失われれば年間510億ドルの売り上げを失う」(バロンズ)・・・等々の業界団体のロビー活動に押されているのであろう。
対中証券投資急増
またウォール街も対中投資を大きく増加させている。中国家計が保有する巨額の貯蓄の獲得競争が起きている。JPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス、ブラックロックなど金融機関の中国子会社100%比率認可など中国政府による外資開放が進展している。9月末時点で、海外投資家が保有する人民元建て株式と債券の総額は1兆ドルを突破したと報道されている。また中国の対外資産負債残高統計によると過去1年間(2020年3Q―2021年2Q)に中国への株式・投信による資金流入は1.2兆ドルと急伸した。米国の公的年金や大学財団の運用資金は、ベンチャーキャピタル経由で中国の未公開株にも資金を振り向けている模様である。
中国人へのビザ発給制限も緩和
さらに中国人学生の学費支払いに依存している大学、中国研究者に依存しているハイテク企業などからは、中国人の研究者・留学生ビザ規制緩和の要求が出され、すでに5万件のビザが発給されたと言われている。
議会の対中強硬姿勢と顕著なコントラスト
これとは裏腹に超党派による米中経済・安全保障調査委員会(USCC)が11月中旬に議会に提出した年次報告書には、経済安全保障に関する厳しい分析がなされ、32分野での強硬策が提案されている。特に金融分野の規制強化が強調されている。「中国当局は、中国の資本市場を中国共産党の技術開発目標やその他の政策目標に資金を供給する手段として機能させようと、外国の資本やファンドマネジャーに働きかけている」と強調する。
32の新たな提言は、中国企業にリンクした変動持分事業体(VIE)への投資を制限すること、新疆での強制労働を利用している企業や、米国商務省の企業リストや財務省の軍産複合企業に登録されている企業からの調達や投資の有無を開示するよう、証券取引委員会に企業に要求する権限を与えること、米国の公開企業が事業活動のどこかに中国共産党委員会が存在するかどうかを報告することを義務付けることなどである。また、中国企業が所有するクラウドコンピューティングやデータサービス事業の利用を制限することも提案されている。これが実現すれば米中間の資本の流れが遮断されるほどのインパクトを持つかもしれない。
議会・政権と実業や金融との間で見解の相違が大きくなっているように見える。