大暴落→回復シナリオ→デフレシナリオ→再度回復シナリオへ!?
2009年3月の金融危機の大底から13カ月間、世界経済と世界株式はV字型の回復を見せた。しかし5月のギリシャ危機勃発以降、順調な回復シナリオは一旦棚上げされ、「グローバル・デフレ・シナリオ」の織り込みが市場のテーマとなってきた。①ギリシャ・ユーロ危機(ソブリン危機と言われているが実態は異なる)、②米国の二番底不安、③中国の不動産バブル破裂・景気減速、③金融規制強化などが、金融危機再燃=グローバル・デフレ・シナリオの根拠として喧伝された。株価は下落し、米・日・英・独など中核国の国債が買われ、長期金利が急低下した。条件反射的に、円高が進行した。これまでの「グローバル・デフレ・シナリオ」に染められた国際金融市場ではcash is king ならぬYen is kingだったのである。
過度のリスク回避が危険に
しかしenough is enough 、過度のリスク回避がかえってリスクとなっている。①8月以降買われすぎた債券が売られ長期金利が急伸し始めた。②欧米株価は7月初めを底に回復基調、欧州株指数は4カ月ぶりの高値をとってきた。③米国社債のリスクプレミアムも7月以降低下、④日本国債金利は0.9%から1.2%へと上昇、など、市場の選好が変化している。市場のテーマは再度グローバル回復シナリオの織り込みへと転換していく可能性が強まったのではないか。日本株、日本円にも潮目の変化が出てくるかもしれない。
衰弱する「グローバル・デフレ・シナリオ」
「サブプライム危機は終わっていない」と主張する悲観論者にとってはこんなはずではなかったはずである。サブプライム危機が勃発した2007年から2008年前半にかけては長期金利の低下が、事態悪化の前兆であった。長期金利の低下はクレジット・リスクプレミアムの上昇とともに進行し、やがて株式の暴落と、一段の景気悪化を引き起こした。今回も2007年と同様、執拗な長期金利の低下が進行している。しかし図表2に見るように前回と異なり、クレジット市場は全く動揺していない。むしろクレジット・リスクプレミアムは7月以降緩やかに低下している。株式は堅調であり、むしろ長期金利が反発する形成である。8月以降国際金融市場は、リスクテイク姿勢を強めていることがうかがわれる。
分析の時計が止まってしまった悲観論
蒸し返される悲観論の特徴は「過去債務を積み上げバブルが崩壊した以上、将来は暗い」という宿命論に尽きる。例えばファイナンシャルタイムズ紙は、今人気の経済学者ラインハート夫妻による「最悪は過ぎたと考える楽観論者に警告する」というショッキングな論稿を掲載した(8/31)。過去75年間に起きた15の経済危機を分析し、過度の債務の積み上がりの結果起きた金融危機が、成長率の相当な低下、失業率の高止まり、資産価格の低迷に帰着することは避けられないと結論づける。性急な不況対策は事態を悪化させると説く。この議論に限らずほとんどの悲観論に共通しているのは、今回の危機の詳細な分析やその後の経済、市場変化の丹念な追跡の欠落である。彼らの分析時計は2008年初頭の債務の積み上がりとバブル崩壊で止まってしまっているのである。それは公正な態度とは言えまい。債務が積み上がりバブルが崩壊し、深刻なリセッションに陥ったという一連の流れが共通しているからといって、過去の悲劇的な危機と同じ結末に陥る必然性はない。今回の不況には過去にはない大きな肯定的な特質もあるのである。
悲観論者が無視する今景気回復の特質
例えば、
①資産価格特にクレジット資産が大暴落した後鋭角回復した、金融機関のバランスシートはそれにより急回復した。それは過去の金融危機にはなかったことであり今回の危機が「マイナスのバブル」の形成によって深刻化したことを意味するが、それをどう考えるか、
②リセッションの最中に米国企業の労働生産性が大きく上昇し、労働分配率は過去最低に低下した、つまり大幅な失業率の上昇は金融危機の結果のみならず企業のビジネスモデル変革(インターネット革命やグローバリゼーションに対応したもの)によってもたらされたことは疑いないが、それをどう考えるか、
③米国企業は空前の資本余剰(←堅調なキャッシュフローと設備投資急減による)状態にあり、デレバレッジ(債務返済)の必要などない状態である、リセッション中でのこの異常な金余りをどう考えるか、など。
これらの事実を説得的に説明している悲観論は皆無ではないか。当社は、第一にサブプライム、金融危機は国際証券市場の崩壊と蘇生と言う全く新たな危機形態であること、第二にグローバリゼーションとインターネットによる生産性革命が危機の原因となっていること、の二点により、過去の危機パターンからの単純な類推は危険である、と考えている。
唯一の懸念は心理の悪化
これまでレポートしているように米国経済のファンダメンタルズ面で大きな不安はない。企業も家計も住宅も調整は完了し贅肉はほぼそぎ落とされている。また経済のエンジンである企業利益は大きく回復し企業は空前の資金余剰の状態にある(図表3、4、5)。ただ雇用回復は依然低調で、故に消費回復も緩慢、在庫投資一巡後の経済成長は一時的に鈍化しているのである。また住宅取得減税の停止による住宅需要反動減が、景気対策終焉後の景気息切れの懸念を強めている。しかし景気回復の初期に雇用回復が停滞するのは珍しいことではない。過去平均では雇用が増え始めるのは景気回復後9カ月たってからである。特に今回は①グローバリゼーション、②インターネット革命により生産性が大きく上昇しておりjobless recovery =productivity recoveryが進行しているのである。ここにきて株価下落⇒心理悪化⇒貯蓄率上昇⇒消費鈍化という傾向が現れているが、株価の下落が食い止められている限りにおいて、心配はいらない、と言える(図表6参照)。
政策はほぼ万全、底割れなら即支援策発動
心理悪化を阻止するという点で、政策メニューが出そろった。バーナンキFRB議長は必要なら準備預金金利の引き下げ、資産購入の再開、低金利持続の意思表明などの追加策があることを表明した。大恐慌研究専門家のバーナンキ議長が、間接的に資産価格(特に株価)を念頭に置いていることは間違いないであろう。また悲観論者が何時も懸念するドル安・金利上昇など市場の反乱がおき追加対策が実施できない、などということは全く起きていない。逆にドル高・金利低下の進行で市場は更なる政策出動とリスクテイクを求めていると解釈できる
またオバマ政権は、①インフラ投資計画、②企業投資・研究開発減税、③ブッシュ減税の恒久化(年収25万ドル以下の世帯に限り)、などの景気刺激策を打ち出した。
今や米国経済が二番底に陥る、または日本型の長期デフレに罹る恐れは相当小さくなった、と結論づけられよう。であれば、過度のリスク回避は避けるべき投資態度と言うことになる。