2020年03月19日

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ストラテジーブレティン 第248号

パンデミックと市場パニックの分析と展望

欧米非常事態、中国では感染終息が視野に入ったか?

中国発の感染は欧州に蔓延した。イタリア、スペインでは武漢型の医療崩壊が起き、米欧は非常事態体制となっている。米国による対欧州渡航禁止、EU域内での移動制限と域内への渡航禁止などは、経済大動脈の遮断ととらえられ、市場にショックを与えた。新型コロナウイルス感染による世界需要の落ち込みはこれから深刻化するだろう。しかし対新型コロナウイルス戦争の先に希望があることも確かである。新型コロナ感染という天災さえ克服されれば経済と市場は、大きく落ち込んだところから鋭角的に回復に向かうだろう。中国や韓国、北海道などの先行事例を見れば、欧州でもここ1~2か月で感染がピークアウトし治癒者が感染者を上回ることは見えている(南半球やアフリカ新興国などでの感染伝播リスクはあるが)。

 

この天災は全世界の非常事態共同戦線を形成させた。各国の非常事態宣言に次ぎ、米国の1%利下げとQEの復活、1兆ドル規模の財政出動に見られるように、各国当局は何でもありの政策総動を繰り出し始めた。欧日でも封印されてきた財政出動が一気呵成に出てくるだろう。年後半は、後述の三重の押上げ圧力も想定できる。

 

日本株式安全領域(margin of safety)に突入

留意すべきは1か月弱で3割というパニック売りの結果現出した、株式の極端なアンダーバリュエーションである。ことに日本株は配当利回りが3.1%、PBR0.9倍と、将来にわたって企業価値棄損され続けることまで織り込んだ。ウォーレン・バフェットの師匠ベンジャミン・グレアムが説いた、何が起こっても絶対的に割安な安全領域(マージン・オブ・セーフティ)に奇しくも入ったのである。この割安さを是正するアニマルスピリットから、復興は始まる。企業と投資家にはこの危機をチャンスととらえる覚悟が求められる。

 

(1) 対新型コロナ戦争の勝利はいつか

 

全ては感染制圧にかかっている

株価がいつ何により底入れするかは、連鎖感染が遮断されるかにかかっている。基本シナリオは、今年前半で感染終息、後半は経済回復、株価上昇であろう。回復が緩慢か急速かは意見が分かれるが、急回復の可能性が高いのではないか。①パンデミックによる生産急減で在庫払底、②繰り越されているペントアップディマンドの発現、③各国政府の何でもありの政策総動員による刺激効果、の3つが想定されるためである。他方、①感染が完全に制圧できず人的接触に対する敬遠が続く、②蒸発した需要(特に人的接触が必須の航空、観光、飲食、エンタメ等)の回復がスロー、③企業破綻など悪循環も尾を引く、の3つの理由から緩慢回復シナリオもあり、どちらに転ぶかは、パンデミック制圧と繰り出される各国政策にかかっている。

 

中国、韓国、北海道の先行事例

今欧州で猛威を振るっている感染制圧には、ほぼ新規感染者がなくなった中国、感染者急減の韓国、日本の北海道などの先行事例が参考になる。図表4は北海道の感染と治癒者の推移であるが、緊急非常事態体制が打ち出されてから2週間で感染者はピークを打ち、それから1~2週間で治癒者が増加し始め、数週間で現在患者数が高原状態に入るということが分かる。新型コロナウイルスは感染力は高いが、軽症者8割、重症者2割のうち半分も短期で回復、死亡者の多くは高齢者か持病がある人と言われている(日本政府感染症対策本部専門家会議副座長尾身茂氏)。また致死率は1~2%と、不治の病と言われたペストやコロナ、サーズ(10%)、マーズ(35%)と比べれば毒性の低い感染症である。また中国政府で専門家チームを率いる鐘南山氏のように、温かくなれば感染力が弱まる、との指摘は完全に否定されているわけではない。

  

  

(2) 株価はいつ底入れするのか

 

史上最高速の株価暴落

それにしても3週間で3割という世界株価暴落は、史上最速であった。このスピードはリーマンショック(2008)、ブラックマンデー(1987)、大恐慌(1929)年を大きく上回っている(ドイツ銀行証券NYエコノミスト、トーステン・スロック氏による図表5参照)。まさに市場のメルトダウンが起きているのである。株価は大不況を暗示している、と人々は恐怖に身構えている。恐怖指数といわれるボラティテリティ指数(VIX)は図表6に見るように、リーマンショック時に並ぶ史上最高水準まで高まった。ただ経済実態が崩壊している訳ではなく、金融市場全体ではパニックというほどではない。今のところクレジット市場のリスクプレミアムは落ち着いているし(図表7)、金融市場のストレス指数の上昇は限定的である(図表8)。

  

  

なぜこんな暴落が起こったのか。

  1. 意外性・無防備 → 戦後の米国リセッションは全てインフレ抑制のための金融引き締めが起点、そうではない初めてのリセッションになる可能性、
  2.  不確実性 → 敵は自然(ウイルス)故にいつ終息するか、人的接触遮断、需要蒸発、資金不安、金融困難・破綻などの悪循環が起きるか否か、全く読めない。圧倒的に売り方優位が加速した、
  3. 市場の脆弱性 → 市場の慢心、2020年は間違いなく景気回復の年との確信は高まっていた、2020年に米国がリセッションに陥るという昨年半ばまでの悲観論は今年初めの時点でほぼ消えていた。故に大半の投資家はリスクテイクの決め打ちをしていた。米国株価はPER25倍と割高化していた。
  4. 悪循環 → 投資家における損失発生、リスク回避・流動性確保の売り連鎖が起きた。

ボラティテリティの高さに対する過小評価

以上のうち特に重要なのは、市場の脆弱性であろう。人々が最も無防備であったのは、ボラティテリティがこれほどまでに高まるのだ、ということに対する警戒心の無さにあったのではないか。換言すれば、今や我々はかつてなくボラティテリティの高い時代を生きているという認識の欠如である。なぜボラティテリティが高いのだろうか。その上限はどれほどなのか。一般的解釈は、①膨大な資金余剰・投資資金の存在、②世界の資金が一つのプールに集中し、巨大な投資家が様々な資産クラス間の資金移動を瞬時に行うこと、③超金融緩和・低金利政策の下での投機の高まり、等の理由が指摘されている。

 

株式の異常な超過リターンがもたらした高ボラティテリティの時代

それらはいずれも正しいが、よりボラティテリティを高めている根本原因は、異常な株式リスクプレミアムの高まりではないか。図表9に見るように、2000年のITバブル崩壊以前は株式(S&P500)の益回りは米国10年国債と同水準かつ完全に連動していた。米国市場では債券と株式の間に壁がなく、相互間の資金移動により裁定的投資が日常化していたといえる。しかし2000年のITバブル崩壊、さらには2008年のリーマンショック以来、両者の乖離が極端になっている。10年国債利回りの大幅な低下により、両者の乖離拡大が定着しているのである。

 

 

なぜ合理的であるはずの市場においてこれほどの不等式が恒常化しているのだろうか。

  株式益回り(5.2%)>国債利回り(1.5%)

それは高い益回りの株式に大きな固有の投資コストがあり、株式投資の最終リターンを国債投資並みに引き下げていると解することが出来よう。そして固有の投資コストがボラティテリティなのである。

  株式益回りーボラティテリティコスト=国債利回り

つまり株式の債券に対する超過リターンは、株式で発生するボラティテリティコストによって相殺されているといえる。こう考えれば、株式の益回りと国債利回りの乖離が大きければ大きいほど、ボラティテリティが高まるといえる。金利が低く超過リターンが大きいとなれば、投資家はレバレッジを高めてより大きな投資成果を追求する。その高レバレッジポートフォリオの高リターンは時折到来する市場の大波によって逸失する。このボラティテリティコストを通して、株式に存在する超過リターンは様々な市場参加者、金融機関、投資家に再配分される、というメカニズムが内在されている、と考えられる。2018年2月のVIXショックなど、ファンダメンタルズでは説明がつかない市場の暴落はそうしたメカニズムによるものと考えられる。

 

高ボラティテリティは暴落後の高騰を準備する

GOOD NEWSは、ボラティテリティは株式の本質的価値や株価水準には無関係だということ、つまりボラティテリティ要因に基づく暴落は、そのあとの株価高騰を準備するということである。2018年2月、2018年10月の暴落は、その後の急反発をもたらし、一年もたたないうちに暴落直前の高値が奪回された。今回の空前の株式暴落にそのような要素が働いているとすれば、感染がピークアウトし経済回復の展望が見え始めた時点で、株式は鋭角的反発を見せるだろう。

 

(3) リスク要因の総点検、と日本の立ち位置

 

以上のように今回の株価暴落は、深刻な危機に導くものではなく、比較的短期間に市場下落は修復されると考えられるが、そうではない場合のリスク要因はチェックしておく必要があるだろう。後から振り返れば、このパンデミックが人々のライフスタイルやビジネスモデルひいては国際秩序変化の歴史的転換点であったということになるかもしれない。

 

政策発動でも株価下落が止まらないのか、何が底値を形成させるのか

真の敵がウイルスという自然であるから、経済政策は直接的力を持たない。政策目的はリセッション回避でなく、軽微化、回復迅速化という対症療法でしかない。ただ現状が放置されれば、グローバルな人的接触遮断による経済活動の萎縮・蒸発 → 企業と家計のキャッシュフロー枯渇 → 資金ショートによる企業破たん、家計破たん → 金融破たんの連鎖、となって大不況に結びつく可能性が著しく高くなる。そうした家計と企業のキャッシュフローの枯渇を財政、金融的に、迅速に補填することは、必須である。政策による十分なセーフティネットが構築されたことが確認できれば、市場は大不況の可能性を排除でき、底値観のめどが立つと考えられよう。米国ではFRBによる1%利下げとQEの復活、CPの購入など緊急流動性支援が打ち出された。また政府は1兆ドル規模の財政出動、一人当たり1000ドルの小切手送付、航空産業など被害産業企業への財政支援を打ち出している。壮大な規模であるが、それでも十分か、確実に実施に移されるか、人々は疑っている。このセーフティネットの確信が、市場底値形成の要因になるだろう。迅速な回復、経済正常化には、こうした対症療法とともに、財政による有効需要創造が重要である。

 

最重要な株式資本主義の維持、株価の復元は可能か

株高、資産価格上昇が家計の純資産を著しく増加させ、消費増加を支え経済の好循環をもたらしているという、米国の株式資本主義が揺らぐことはないだろうか。2009年4Qリーマンショック後のボトムでは49兆ドルに落ち込んでいた米国家計純資産は、2019年2Qには113兆ドルへと10年間で64兆ドル(米国GDPの3倍)も増加した(そのうち年金資産は10兆ドルから27兆ドルへと著増)。株式資本主義はQE(量的金融緩和)という紙幣発行の新しい仕組み、株式などの市場の許容度に即した通貨発行手段によって可能となったが、それは一段と強化される状況にある。QEなど株式資本主義を支援強化する政策的枠組みに対して、現在のところ何ら障害はない。米国政府が暴落にもかかわらず米国市場を閉鎖していないことはV字回復の自信の表れと考えられる。米国投資家のアニマルスピリットもそう容易に失われることはないだろう。上述の政策が功を奏し年内というぐらいの短期に経済が正常化すれば、株価復元は可能である。

  

  

ただ必要とされる財政出動が巨額であり、それが定着していけば政府部門による需要創造を推進力とする新ケインズ体制とでもいえる仕組みになっていく可能性はある。FTPL(物価水準の財政理論=シムズ理論)、MMT(Modern Monetary Theory)などの財政出動を正当化する理論が台頭しているのは、まさしく金融緩和と財政政策の二つのエンジンによる需要創造が必須・適切な時代の到来を示唆していると考えられる。この財政バランスの悪化により長期金利(国債利回り)が今を底に上昇に転じれば、上述の株式の超過リターン(株式益回り―国債利回り)は大きく低下していくかもしれない。それは株価上昇力を弱めると同時に、ボラティテリティを低下させるという方向に作用しよう。

 

 

リーマンショックとの違いは何か

今回は天災による一過性の経済ショックであり、過剰債務による過剰なリスクテイクを原因としたリーマンショック(GFC)とは根本的に異なる。リーマンショックの時には金融破たん、過剰債務の整理、銀行のBS立て直しなど金融システムの再建に5年以上の期間が費やされた。その違いはクレジット市場の相対的落ち着きに現れている。図表7でみたように、リーマンショック時に大恐慌の水準以上に上昇したリスクプレミアムは、抑制された水準に収まっている。また図表13に見るように米国家計の過剰債務(対可処分所得比)はリーマンショック以降大きく低下している。企業の債務は自社株買いのために大きく増加しているが、支払い負担能力(インタレストカバレッジ・レシオ)は金利の低下と企業利益の増加により、十分に抑制されている。金融機関のバランスシートも度重なるストレステストの結果、健全化している。

 

ただリーマンショック時と同様、原油価格急落による流動性枯渇等国際金融不安の芽が表れ、ドルキャッシュ需要が高まり、一時的にドル高となっている。図表14に見るようにリーマンショック時にはこのドル高は一過性で、その後の米国の金融緩和、QEにより再度ドル安となった。しかし今回はこの傾向はしばらく続き、長期に定着するかもしれない。ここ数年、国際決済手段においても貯蓄手段としてもドルの優位性が認識されドル比率が高まっている。加えて米国財政バランスの悪化による金利上昇が起きれば、両者相まって長期ドル高トレンドを定着させるかもしれない。

 

米国覇権はより強まるだろう。ドルを使った世界金融支配力、産業情報支配力、対抗覇権国中国の抑え込み、など米国のプレゼンスはさらに高まらざるを得ない。それがドルの強さを支えていくことになるだろう。

  

  

米中対立さらに熾烈に

リーマンショックは、不足する世界需要の提供者として巨額の財政出動をした中国が、国際経済におけるプレゼンスを大きく高めるきっかけになった。今回も中国はいち早い新型コロナ感染の鎮圧、大胆な財政金融政策発動、により世界で最も早く経済正常化を成し遂げる国となるだろう。中国中心のグローバルサプライチェーンもひとまず復活するだろう。

 

しかしその後の軌道は、リーマンショック後とは全く様相を異にするだろう。パンデミックの蔓延に中国(というよりは習近平政権の全体主義的体質)に第一義的責任があることを、全世界は認識している。事態を糊塗・捏造しようとする習近平体制を米国が全面的に批判している。米中対決はさらに熾烈化するだろう。2019年末に一次決着を見た米中通商協議はさらに蒸し返されるだろう。習近平政権は体制立て直しのため一層国内の強権を強化しており、それは、中国の国際的孤立をさらに深めていくだろう。例えばファーエウェイ採用に傾いていた欧州諸国の5G導入が覆されるかも知れない。国内過剰債務の悪化☚資本リターンの低下などとなって中国の経済力を衰弱させる転機となるだろう。

 

日本の立ち位置、大きく優位に

日本は国際分業上で価格競争をしていない数少ない国である。価格競争では韓国・中国・台湾に完敗した日本企業は、相手国が供給しないONLY ONE領域に特化するビジネスモデルを構築した。製造業もサービス業も国際顧客に日本固有の技術品質を提供するビジネスモデルは、パンデミックによる世界需要の蒸発により深刻な経営困難に直面している。しかし世界景気回復となれば、リスクオンの円安も加わり景況の改善は早まるだろう。

 

図表1に見たように日本は世界で最も新型コロナ感染を抑制できている国の一つである。日本は中国に続き経済正常化を果たし、東京オリンピックの実施にこぎつけるかもしれない。そうした長所があるにもかかわらず、2012年以降のアベノミクス相場をけん引し、取引シェアの7割を占める外国人がすべての買いポジションを売り切った状態にある。日本株式は配当利回りが3.1%、PBR0.9倍と、将来にわたって企業価値棄損され続けることまで織り込み、世界主要国で最低のバリュエーションとなっている。ウォーレン・バフェットの師匠ベンジャミン・グレアムが説いた、何が起こっても絶対的に割安な安全領域(マージン・オブ・セーフティ)に奇しくも入ったのである。

 

日本企業は欧米企業に比べてレバレッジが低い。それは財務上のクッションが著しく大きいことを示しており、①世界リセッションとなれば最も不況抵抗力が強い、②好況が続くならM&Aや自社株買いを通して一株当たり利益を顕著に増加させる潜在力がある、③買収のターゲットとなりやすく、企業再編成を引き起こす誘因となる、ことを示している。ほぼアベノミクス以降の5年間の日本株買いをすべて吐き出した世界の投資家は、日本株の比率を再度急速に高めざるを得ない時期に来ているのではないか。

  

 

 

 

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