2019年08月19日
ストラテジーブレティン 第231号
国際金融市場の悲鳴はGOOD NEWS
~政策発動を促し、市場大転換へ
日欧では銀行ビジネスが成り立たなくなった
米中貿易戦争だけなら世界経済はリセッションに陥らないだろう。Brexitや香港での抗議活動も最後は経済合理的な帰結に落ち着くと思われる。習近平氏は混乱を長期化させ、香港経済の疲弊を狙い、香港の経済機能を深圳に移そうとするのではないか。武力制圧はしないだろう。
真の危険は国際金融市場の機能不全であろう。様々なネガティブイベントをきっかけとして(口実として)金融悪循環が起きれば、事態は最悪に向かう可能性が出てくる。その危険性はどれほどあるのだろうか。
図表1, 3に見るようにいつの間にか日本、欧州は長短ともにゼロ金利に陥り、長短金利差がなくなり、銀行の利ザヤは完全にフラット化or逆転し、銀行ビジネスは預貸業務においても、債券分野でも収益があげられなくなった。銀行はリスクテイクどころが、完全にリスク回避者となっている。銀行株式が、特に欧州と日本で最悪のパフォーマンス、リーマンショック時の最安値すら下回っていることが事態の深刻さを示している。唯一米国だけは金利が正常に機能しており、今のところ銀行収益は健全である。しかし、米国が日欧化しゼロ金利に陥るのか、回避できるのか、ここ数週間の世界的長期金利の崩落、米国での逆イールド化により、米国の日欧化(Japanification, Europification )の危険が意識され始めた。それこそが現在の焦点であり、来るべきジャクソンホール会議の最大テーマになっている。
ギャンブル的債券高騰は大規模政策出動を正当化する
いうまでもなく、この不思議の国のアリス状態は、長らく金融の中枢にあった銀行の死を意味し、放置されれば大恐慌は必至であるが、放置できるわけはない。いかにして危機の深化を回避するか。
ドイツ10年国債利回りは -0.7%まで低下した。満期まで保有すれば確実に損失になるこうした投資は、為替ヘッジコストの格差などを利用した短期プレーまたはさらなる金利低下を期待した投機プレーと考えるほかはない。FT紙は8月17日付の社説で、あるデンマーク銀行が世界初のネガティブモーゲッジ(返済元本が減額される)を開始したと報じ、借り手と貸し手、投資家と企業の関係が転倒している現実を紹介し、これは危機の予兆だと論じている。もはや金融政策でできることはなく、財政出動の緊急性を主張している。
極めつけは、超長期債の異常な値上がり(金利低下)である。WSJ紙は年初来のドル建てトータルリターンは、オーストリア100年国債68%、日本40年国債28%、ドイツ30国債28%、米国30年国債27%、英国50年国債18%、とギャンブル化していることを紹介している(8月16日付、図表4)。
ギャンブル化といえば、金価格もそうかもしれない。過去の金の大相場(1980年、2011年)は、ドル下落、米国長期金利上昇とともに進行した。現在は真逆であり、金が代替通貨として有用性を強める時に起きるドル信認の低下は全く起きていないのである。
こうした債券市場発の市場急変、債券急騰・株価急落・金急騰がパニックによる(または投機筋の売り仕掛けによる)ものだとすれば、ちょっとした不安を解消させるニュース、特に政策発動で市場の大反転を引き起こす可能性がある。以下4つの問いが重要であろう。
論点1:米国は、日欧化(Japanification, Europification )つまりゼロ金利に陥り銀行収益が打撃を受け、リスクを取れなくなることを回避できるか ➡ 十分可能
米国経済は堅調でFRBの果敢な利下げによりリセッション回避の公算大、よって今の長期金利下落トレンドが継続する可能性は低く、短期金利の引下げにより逆イールドは早晩解消されるだろう。今時点で、米国が日欧化する公算は極めて小さい(よほどの経済外ショックでもない限り)。
第一に、米国の景気指標は堅調、経済心理は健全である。(7月の小売売上+0.7%とコンセンサス予想+0.3%を上回る。2Q生産性+2.3%コンセンサス+1.4%を大きく凌駕、直近の銀行貸出、M2ともに5%強増へと加速、貿易戦争の影響から7月生産は-0.2%と停滞、株安から8月消費者心理は落ち込むも水準は高い)。
第二に、ウォーレン・バフェット氏が、金融株にベットしている。WSJ紙(8月16日)によるとバークシャー・ハザウェイの金融株保有比率は、2010年末の12%から、20%に上昇し、大半の大手金融機関(バンカメ、ウェルズ・ファーゴ、アメックス、US バンコープ、ムーディーズ)の筆頭株主になっている、と報じている。バフェット氏が米国の日欧化(Japanification, Europification )に対してどう考えているのかは自明だろう。
第三に、モーゲッジ金利の低下がローン借り換えを引き起こし、それが好循環を引き起こしつつある。米国金融市場のダイナミズムを示している。
第四に、世界減速の震源地中国の減速が止まる兆しもうかがわれる。中国の粗鋼生産は、今年に入り前年比10%増と近年にないハイペース、インフラなど投資活動が堅調のサインである。アリババ等Eコマースの好調は変らず、落ち込み続けてきた自動車販売は支援策で底入れが近づいている。半導体受託生産最大手のTSMCは「2019年前半で過剰在庫はほぼ解消し2桁の増収見込み」と述べ、ハイテクも最悪期を脱する兆しが見える。懸念の輸出も対米落ち込みをASEAN向けでカバーし堅調、7月は3.3%増(6月は1.3%減)へと上向く。懸念される失速は回避されている。
論点2:米国以外で政策出動の可能性は ➡ 世界同時金融緩和、財政も英、独で出動、日本も10月以降は可能
世界的金融緩和進行が進行している。FRBに続きインド、韓国、ブラジル、タイ、フィリピンなど新興国で一斉に利下げが実施された。9月にはさらに大規模なFRB、ECBの緩和が必至。ECBではハト派ラガルド氏が総裁となり、タカ派ドイツはマイナス成長で発言力が弱まり、緩和機運がかつてなく高まっている。
日銀も市場を驚かせるかもしれない。グローバルデフレ危機、金利低下の進行で日銀の政策裁量余地はぐっと拡大している。ECBの下限政策金利が-0.4(日銀-0.1%)と日銀を大きく下回っているのにさらなる利下げが検討されていること、ECBの買い入れ対象にETFを加えるべきという議論の高まりなどを考えれば、マイナス金利深堀やETF買い増しの自由度は大きくなり、市場を驚かす緩和が打ち出されるかも知れない。
欧州不振の震源地ドイツでは2QのGDPがマイナス成長( -0.1%)に落ち込んだことにより、財政出動論議か高まっている。ドイツ政府高官による財政出動検討というニュースだけで世界の金利が上昇しており、いかに市場がドイツ財政に期待しているかがうかがわれる。ドイツは2014年以降財政黒字が続いており、図5, 6による財政余力でみても、最も期待できる国である。英国もBrexitによりEUの財政の縛りから解放され、減税と財政出動に打って出るかもしれない。米国も債務上限がクリアされ、インフラ投資・減税などを繰り出す余地がでてきた。日本でも10月の消費税増税以降は議論が出て来よう。
論点3:なぜ金融不全に陥ったのか ➡ 企業の高収益・貯蓄余剰が銀行システムでは社会に還流できないこと
当社の仮説を述べると、問題の本質は利潤率と利子率の乖離がここ10年来拡大の一途をたどっていることにある。企業がIT革命グローバル化で高収益を続ける一方、世界的貯蓄余剰の行き場がなくなっている。その過剰貯蓄がDebt(債務)の世界に滞留している。高利潤をあげているEquity(株式)の世界にはいかない。巨額のDebt市場に封じ込められた資本を解き放つこと、が課題である。二つしか経路はない。株式への放流、または財政による資本流出。ともに政策のイニシャティブが決定的に重要である。
論点4:株価は? リスクテイクは? ➡ 全ては政策にかかっている
トランプ大統領の株価優先姿勢は鮮明。先週末(8月14日)、3銀行首脳と電話で協議、株見通しに関してアドバイスを受けた。大統領は株価次第で貿易交渉に譲歩することも、インフラ投資など財政出動の検討も、前向きであろう。
株価が消費者心理を決めている。米国経済の7割を占める消費は株価次第なのである。株価か維持されるなら消費の悪化はない。
筆者のつぶやき、またまたトランプ氏は正しかった、ということになるのだろうか。