2018年03月08日
ストラテジーブレティン 第196号
米中貿易戦争勃発
~トランプ政権の優先順位、経済・内政から地政学へ
(1) 全ての事柄は米中貿易戦争を軸に考えるべきだ
コーン氏から貿易ハードライナー(ロス・ライトハイザー・ナバロ氏)へ
とうとうトランプ大統領が、中国に対米貿易黒字削減計画の提出を求めた模様である。一連の関税問題(鉄鋼・アルミ輸入関税)、貿易摩擦(太陽光パネルと大型洗濯機に対する通商法201条に基づく緊急輸入制限発動など)はすべて対中貿易戦争の脈絡でしか理解できない、のではないか。GS出身の経済司令塔コーンNEC(国家経済会議)議長が辞任し、脇に追いやられていた対中強硬派ピーター・ナバロ氏が復権していると報道されている。規制緩和、税制改革、不法移民問題と矢継ぎ早に課題を片付けたトランプ氏が、今や対中貿易戦争を政策の中心に位置づけたことは明らかである。
対中経済封じ込めが米国の最優先政策課題に
個人崇拝に進む独裁国家の様相が見えてきた以上、中国をいかに封じ込めるかは米国の最優先課題であることが明らかになっている(以下の、The Economist誌(3/3)の記事 、「How the West got China wrong」と産経新聞社、古森義久氏のコメント「甘い期待は終了、大転換を迎える米国の対中政策」参照)。就任初日に中国を為替操作国に認定する、とのトランプ氏の選挙公約がいよいよ実施される段階に入ったのである。中国の経済台頭を放置すれば、独裁国家中国が米国覇権を奪い世界秩序が大転換することは明らか。その中国は対米フリーライド(=巨額の対米貿易黒字)でここまで成長した国であり、この中国のフリーライドをいかに止めるかに、トランプ政権の真の狙いがある。それを理解できないコーン氏の辞任は当然の成り行きであろう。
関税も北朝鮮問題も政策軸の基底は対中政策にあり
今や米国政府の最優先政策のターゲットが中国になった以上、北朝鮮問題もその枠の中で処理されるはずである。トランプ政権の対北朝鮮政策が宥和色を強めているが、北に譲歩を求めつつ武力攻撃を抑制する、との選択肢しかないだろう。対北武力行使はみすみす中国の付け入るスキを増やす可能性が強いのだから、選択肢にはなりえない、と考えられる。また対中以外の貿易摩擦は深刻化しないし、ドル安にもならない、と考えられる。これら一連の政策の変化の投資へのインプリケーションはポジティプである。
トランプ登場の背景にあった合理性
いやしくも有権者が選択したからにはトランプ氏登場の必然性があったはずである。それは3点の課題解決として整理できる。第一は経済的課題で、格差、取り残された白人労働者、資本・貯蓄の滞留、アニマルスピリットの喪失などである。トランプ氏はこれに対してケインズ政策、有効需要の創造、規制緩和を対置した。第二に地政学、国際関係面での危機感、中国の台頭、米国覇権の危機、国際秩序の形骸化である。トランプ氏はこれに対して、二国間主義、国際機関の再構築、力による平和を対置した。第三は価値観、理想主義・リベラル・分配主義、例えばPC(ポリティカル・コレクトネス)という理想主義的建前の偏重。トランプ氏は法治の徹底、自己責任・リバタリアンを対置した。最高裁判事など人事を大きく刷新し、既存価値観からトランプ批判をするマスメディアに対して、ツイッターで対抗している。
トランプ政権は上述3つの政策課題のうち、最初の一年で第一の経済と第三の価値観の手当てを終え、今第二の地政学、国際関係に大きく重点を移しているとみられる。経済司令塔コーン氏の退陣はそれを物語っている。
二国間主義、敵は本能寺、中国のフリーライドの抑制にある
TPP離脱、NAFTA再交渉など、多国間ではなく二国間にこだわる交渉方式は、敵は本能寺、異質国家中国の経済的台頭を抑制するには多国間主義では無理との認識があるとみられる。対中では通商法301条の適用を視野に、調査と交渉が始まっている。太陽光パネルと大型洗濯機に対して通商法201条に基づく緊急輸入制限(セーフガード)が発動された。対中タフネゴシエーターとされるロバート・ライトハイザー米USTR代表は中国のWTO加盟を認めたことは誤りであった、と不公正貿易慣行に満ちている中国に対して貿易戦争の宣戦を真っ向から布告している。他方でトランプ大統領は、1月末のダボス会議において、一旦離脱したTPPに対して、再加盟の交渉に入る可能性があると表明した。二国間交渉で対中国圧力を大きく高めつつ、吟味しながら多国間協定に復帰する、まさに敵は本能寺である。国際機関の形骸化はWTOのみならず現状変更をあからさまに行う中国・ロシアが安保理の拒否権を保持している国連も同様である。その再構築にトランプ政権の真の狙いがあるのではないか。トランプ氏を単純な一国主義、孤立主義、保護主義というのは間違いであろう。
中国の成長は米国の寛大な関与にあった
図表1に示すように米国の貿易赤字の半分が対中国であり、対中以外に大きな不均衡は存在していない。他方中国は巨額の対米貿易黒字によって長足の成長を遂げて来た。図表2に米国のGDPに占める経常赤字比率推移を示すが、全体では2006年の5.8%をボトムとし2016年には2.6%と大きく軽減してきた。その中で対中国だけはほぼ過去10年にわたって、2%弱の水準で推移している。つまり過去10年間、中国は米国GDPの2%という巨額の所得移転を受け、高成長を実現してきたのである。中国が米国覇権に挑戦する構えを見せた以上、これを米国が座視できないのは当然であろう。
米中激突を回避する道
トランプ政権の国家通商政策を担当しているカリフォルニア大学教授ピーター・ナバロ氏は、著書「米中もし戦わば 戦争の地政学」で共産党独裁政権の中国の覇権追及は変わりようがない事、それは必然的に米中衝突を引き起すこと、それを回避するには中国の軍事力増強の基礎である中国経済力を弱め、他方では米国国防力を増強し、未然に中国に米国覇権に挑戦する意欲をそぐことしかない、と主張している。図表3は世界4極の名目GDP推移と予想であるが、中国は2009年に日本を上回り、2016年にはユーロ圏を凌駕し、今の成長トレンドが持続すれば2026年に米中逆転が起きると予測される。米国が中国のフリーライド的側面を容認しつづけ、みすみす経済逆転を甘受するなどということは起きようもない。米国にとっての対中貿易戦争がいかに焦眉の課題かが明らかであろう。
(2) いかに西側は中国を見誤ったか (The Economist 3月3日号 抄訳)
中国は先週(2月25日)独裁制から専制制へと転換した。これは西側諸国の過去25年間の賭けが失敗したことの強力な証拠である。ソ連崩壊後、西側は中国のWTO加盟を認め、世界経済秩序に迎え入れた。市場経済への転換により中国国民は豊かになり、民主主義的自由、権利、法の支配を望むようになると、西側は期待したのである。しかしその幻想は粉砕され、習氏は政治経済体制を、抑圧、国家統制、対立の方向へと舵を切った。政治面では、共産党内での支配力を確立し、人権派弁護士など反対派を投獄抑圧し、監視国家を作りつつある。この独裁制を民主主義に代替しうる人類の知恵と主張している。
経済面では中国が世界最大の輸出国となり、とてつもない繁栄をもたらすなど、世界経済との一体化の成果はあがっている。しかし依然中国は市場経済国ではなく、今のままでは永遠にそうはならないだろう。企業を国家権力行使の手足としてコントロールしている。「中国製造2025」プランのように、補助金と保護主義を駆使して世界的企業を育てようとしている。西側企業は知的財産権が国家的スパイ活動にさらされていると訴えている。
中国はビジネスを政治的敵対にも利用する。ベンツはダライ・ラマの言葉を引用したことで謝罪を余儀なくされた。スカボロー岩礁の領有権にフィリピンが異を唱えると、健康理由という名目で、フィリピン産のバナナの輸入を禁止した。こうしたビジネスでのシャープパワーが軍事力のハードパワーと相まって、地域のスーパーパワーとなり、米国を東アジアから追い出そうとするかのように振舞っている。中国人民解放軍の近代化と軍事投資の著しいペースは、米国のアジアにおける覇権維持に疑問を抱かせる。
ではどうするべきか。西側は中国に対する賭けに負けたばかりか、自分達の民主主義までもが信頼の危機に陥っている。トランプ政権は貿易戦争に訴えるのではなく、中国に一連の政策変更を求めるべきだ。中国の不正行為を容認し続ければ、事態は一層悪化する。中国の独立機関と政府とのつながりを暴くべきだ。中国企業の投資を精査し不正を監視すべきだ。西側の秩序を守るWTOなどの国際機関の活用も必要だ。TPP復帰を検討し、同盟国との関係強化を見せつけるべきだ。中国のハードパワーに対抗するために、最新兵器への投資も必要だ。
(3) 甘い期待は終了、大転換点を迎える米国の対中政策
産経新聞社 古森義久氏のコメント(3月7日 ジャパン・ビジネス・プレスより要約)
米国の中国に対する「関与」政策が終わりを告げようとしている。中国との協調を進めれば、やがては中国が国際社会の責任ある一員となり、民主化に傾くだろうという期待のもと、米国歴代政権は対中関与政策をとってきた。だが、その政策が失敗と断じられるようになった。約40年前の国交正常化以来の対中政策の基本が初めて修正されるという歴史的な曲がり角に立ったといえそうだ。
1979年の米中国交樹立以来、米国の歴代政権の対中政策の基本は「関与(Engagement)」。米国が中国をより豊かに、より強くなることを支援し、既成の国際秩序に招き入れれば、中国が自由で開かれた国となり、国際社会の責任ある一員になる、というシナリオ、それが関与政策であった。ところが国家主席の任期の撤廃により習近平氏には終身の主席となる道が開かれた。また中国は、侵略的な対外膨張、野心的な軍事力増強、国際規範の無視、経済面での不公正な慣行、そして国内での弾圧と独裁の強化など、米国の期待をことごとく裏切ってきた。米国側は対中関与政策の失敗を認めざるをえなくなったのである。
対中関与政策の成果に対する米国のニュースメディア、専門家、そしてトランプ政権のそれぞれの反応を見てみよう。第1にメディアの反応である。ニューヨーク・タイムズは2月28日付社説で「習近平氏の権力の夢」と題して、以下のように主張した。「1970年代後半に中国が西側に対してドアを開けて以来、米国は中国を第2次大戦後に米国主導で構築した政治、経済のシステムに融合させようと努めてきた。中国の経済発展はやがては政治的な自由化につながると期待してのことだった」「だが、習近平氏の今回の動きは、米国側のこの政策が失敗したことを証明した。習氏は法の支配、人権、自由市場経済、自由選挙などに基づく民主主義的な秩序への挑戦を新たにしたのだ」。ニューヨーク・タイムズはこのように米国の歴代政権の対中政策は失敗だったと、明言している。ワシントン・ポスト(2月27日付)も「習近平氏は終身独裁者」と題したコラムで、米国側は「中国が民意に基づく政治や法の支配を導入すること」を期待していたが、国家主席の任期撤廃は「米側の期待とは反対の方向への動きだ」と非難した。そのうえで、やはり米国の年来の政策の破綻を強調していた。
第2に専門家の見解はどうか。まず注目されるのは、オバマ政権の東アジア太平洋担当の国務次官補として対中政策の中心にあったカート・キャンベル氏が大手外交誌フォーリン・アフェアーズの最新号に発表した「中国はいかに米国の期待を無視したか」という題の論文である。キャンベル氏はこの論文で次のように述べていた。「米国の歴代政権は、中国との商業的、外交的、文化的な絆を深めれば、中国の国内発展も対外言動も良い方向へ変えられるという期待を政策の基本としてきた。だが、中国の動きを自分たちが求めるように変えるのはできないことが明らかになった」「今後の中国への対処にあたっては、まず、これまでの米国政府の対中政策がどれほど目標達成に失敗したかを率直に認めることが重要である」。キャンベル氏といえば、対中融和姿勢が顕著だったオバマ政権で対中政策の中心部にいた人物である。そんな経歴の人物が、自分たちの推進した政策の間違いを率直に認めているのだ。トランプ政権の主席戦略官だったスティーブ・バノン氏は、中国への強硬策を主張し、関与政策にもはっきりと反対を表明していた。そのバノン氏が、政権を離れた直後に大手の外交政策研究機関の「外交関係評議会」に招かれ、米中関係について講演をした。同氏自身は中国に対する厳しい姿勢を非難されるつもりで講演に臨んだという。ところが講演後の質疑応答では、外交関係評議会の超党派の元官僚や専門家、学舎たちがトランプ政権が中国に対してまだ弱腰すぎると述べて、バノン氏やトランプ政権の「軟弱な対中姿勢」を一斉に非難したというのだ。この反応にはバノン氏もびっくりだったそうである。
第3に、トランプ政権の反応である。トランプ大統領は2月23日、保守系政治団体の総会で演説して次のように語った。「中国は2000年に世界貿易機関(WTO)への加盟を認められたことで、年間5000億ドルもの対米貿易黒字を稼ぐほどの巨大な存在へと歩んでいった」つまり、米国が中国のWTO加盟を支持したことが、そもそもの間違いだというのだ。中国のWTO加盟を支持することこそが、当時の米側の対中関与政策の核心だった。だからトランプ大統領はまさに関与政策を非難していることになる。トランプ政権が2017年12月中旬に発表した「国家安全保障戦略」でも、対中関与政策の排除は鮮明となっていた。たとえば、以下のような記述がある。「ここ数十年にわたり、米国の対中政策は、中国の台頭と既存の国際秩序への参画を支援すれば、中国を自由化できるという考え方に基礎を置いてきた。だが、この米国の期待とは正反対に、中国は他国の主権を侵害するという方法で自国のパワーを拡大してきた。中国は標的とする国の情報をかつてない規模で取得し、悪用し、自国の汚職や国民監視を含む独裁支配システムの要素を国際的に拡散しているのだ」
このように、いまや米国では、対中関与政策はもう放棄されたといってよい状態である。米国の中国に対する姿勢の根本的な変化は、日本にもさまざまな形で大きな影響を及ぼすだろう。