2017年09月04日
ストラテジーブレティン 第185号
メイ英国首相訪日の画期的意義
~英国が模索するグローバリゼーションの新潮流
(1) メイ英国首相が追及する新たな国際連携
日本重視鮮明に
8月末メイ英国首相が突然に来日し、安倍首相とともに、安全保障や経済協力をうたった日英共同宣言を発表した。北朝鮮による弾道ミサイルが日本の頭上を通り越した直後であり、同時に対北非難の共同声明も発表された。メイ氏は首相就任後初めてのアジア訪問に中国ではなく日本を選んだ。過去10年にわたってほぼ毎年中国を訪問しながら日本には洞爺湖サミット(2008年)やミュンヘンサミットの下準備(2015年)という便宜的理由で2回立ち寄るだけであったドイツメルケル首相とのコントラストが際立つ。
EU離脱後の英国にとって、日本の戦略的重要性が大きいとの認識によるものであろう。経済面では約1000社の日本企業が英国に進出しており、16万人の雇用を生み出している。EU離脱後も日系企業が英国にとどまってくれることは極めて重要である。また日本とのEPA(経済連携協定)締結は、EU離脱後の英国の世界戦略の基軸にもなり得る。
EU離脱のメリットは軽視できない
EU離脱の国民投票結果が意外でありIMF、オバマ大統領をはじめ世界の識者の推奨とは逆であったこと、EU離脱交渉が難航していることなどから、「Brexitという誤った選択をした英国はますます落ちぶれていく」という印象を持ってしまいがちだが、それは必ずしも正しくない。メイ首相には英国がEUの枠に戻るという意思はなく、脱EU後の世界戦略を志向し始めたといえる。以下に詳述するように、英国は世界で最も開放経済化・グローバル化した国であり、保護主義や孤立主義とは最も縁の遠い国であり、グローバリズムなしにはやっていけない国である。BrexitはEUの枠に縛られたグローバリズムから、自由なグローバリズムへと選択肢を広げるものであると理解するべきであろう。英国にとってEU離脱は、ドイツが影響力を強め、選挙では選ばれていないブリュッセルの官僚が巨大な権限を持つEUのくびきから自由になる、というメリットがある。
安保重視の姿勢
今回のメイ首相訪日で際立ったことはその安全保障重視の姿勢であろう。滞在中、海上自衛隊横須賀基地を訪れ護衛艦「いずも」に乗艦した。また安倍首相が主催する国家安全保障会議(NSC)の特別会合にも出席した。さらに共同宣言では英国の空母のアジア派遣、2020年に運用が開始される新鋭空母「クイーン・エリザベス」を南シナ海に派遣するなど、アジア太平洋地域に対する英国関与の強化をうたった。南シナ海などへの中国の海洋進出をけん制する狙いがあることは明白である。
リベラルデモクラシー擁護の国際連携の萌芽になるか
日本と英国は法の支配、自由と民主主義、人権擁護などリベラルデモクラシーの価値観を共有している。また日本と英国は航海の自由を尊ぶ海洋国家である。トランプ政権により米国の国際的プレゼンスが一時的に低下している中での日英協力は、大きな意義を持つのではないか。グローバリゼーションの主要素、資本主義、市場経済、民主主義と英語、諸法体系とビジネスプロトコルなどの母国は米国とともにイギリスである。イギリスは米国とともに世界秩序の主柱であり、依然として英連邦の主宰国であり、多様な国際関係の中核国である。この歴史的遺産を総動員してグローバリゼーションの新たな潮流を作り出そうとしている。その端緒がメイ首相訪日であったと考えられる。
トランプ政権の世界戦略軸が定まれば、米、日、英という戦後のリベラルデモクラシー擁護の国際連携が見えてくる。メイ首相訪日は、国際秩序を書き換えようとする中国、ロシアなどの勢力に対する対抗軸の構築として歴史的意義を持ってくるかもしれない。
(2) EU離脱を正当化する英国産業構造
当社は2016年6月23日の英国国民投票直後(6月27日)のストラテジーブレティン164号「分岐点、Brexitであく抜けか・・・・」で以下のように分析したが、それは今もって正しかったと考えている。
世界で最も開放経済化した英国
Brexitのデメリットは英国よりEU側により大きいと考えられるのではないか。英国の経済構造の特徴は、
- 世界で最もサービス業化・脱工業化が進んだ経済(商品輸出世界シェアは3%弱、しかしサービス輸出世界シェアは7%で米国に次ぎ第二位、製造業雇用比率は8%と先進国最低、銀行資産規模対GDP比は800%と世界断トツ)
- 世界で最も開放が進んだ経済(対外直接投資対GDP比率は70%と世界最高、同比率はドイツ42%、米国28%、日本16%、また上場企業株式の外人保有も54%と世界最高水準)
- サービス輸出と巨額の対外直接投資からの所得で巨額の貿易赤字をカバーするという国際収支構造、そして対EUに対しては、巨額の貿易赤字を持ち、それを対英連邦(英語圏諸国)に対するサービス・所得収入で賄っている、という際立った特徴がある。
対EUとの経済関係を要約すれば、英国はEUにとって米国に次ぐ輸出相手国であり、貿易面で巨額の赤字を持つ一方、日本や米国の企業、金融機関などの欧州拠点であり対EU投資で所得を稼ぐという相互依存関係にある、と言える。したがってBrexitとそれに伴う英ポンド安は、対EUとの貿易収支を大幅に改善する一方、EU圏をにらんだ対英投資を冷え込ませ、また英国の国際金融拠点としての競争力をそぐと言うデメリットもある。このメリット、デメリットの比較において、むしろメリットの方が優る可能性が大きいのではないか。英国の国際金融拠点、国際サービス産業拠点としての魅力度はEUに加盟しているからというよりは、それ以前から備わっている特質に由来すると考えられる。英国で金融業の免許を持っていればEU全域で営めると言うシングル・パスポート制度が失われれば一定の影響は避けられないが、相応の激変緩和措置もあり得る。情報の集積、ネットワーク形成等を考えるとフランクフルトなどが、ロンドンに代替する国際金融拠点化するとは考えにくい。
英国の世界金融拠点上での競争力は容易に損なわれず
グローバリゼーションの主要素、資本主義、市場経済、民主主義と英語、諸法体系とビジネスプロトコルなどの母国は米国とともにイギリスである。イギリスは米国とともに世界秩序の主柱であり、依然として英連邦の主宰国であり、多様な国際関係の中核国である。英国の国際金融拠点、サービス業拠点としての地位はBrexit後も変わらないのではないか。実際スイスはEUには加盟していないが、EUとの健全なビジネス関係を構築している。
英国が反グローバル化するとは考えられない
そもそも、これほどまでの開放的経済大国化した英国が、Brexit が現実化したからと言って、巷間語られるような閉鎖主義、排外主義に陥るとは考えられない。むしろ英国はEU以外の諸国・地域との連携を強め、別な形でのグローバリゼーションの深化を図るのは確実であろう。言うまでもなく今後の世界経済成長を牽引する地域・国は米国、インド、ASEAN、アフリカなど、むしろ非EU圏にある。大英帝国の遺産である英連邦を基礎とした国際的ネットワークの翼をそれらの国・地域に広げるという選択肢が浮上してくるとすれば、EU側も、離脱後の英国を冷たくあしらうわけにはいかないだろう。ましてイタリア、スペイン、ギリシャなどの南欧諸国が(いかにポピュリズムが台頭しているとはいえ)EU離脱により、現在手にしている信認の高い通貨(ユーロ)と有利な金利を手放すとは考え難い。それは危機に瀕したギリシャのチプラス政権の変身を見ても明らかであろう。このように見てくると、Brexitが、欧州統合の崩壊の始まりとかグローバリゼーションの失敗や終焉等というセンセーショナリズムは極論であることが分かる。