問題あるソブリン・リスクの一般化
ギリシャ危機により財政赤字問題が一気にクローズアップされた。英国でキャメロン保守 党政権が付加価値税増税を柱とする緊縮政策に着手するなど、主要国で緊縮財政プランづ くりが競われている。確かに主要国の財政赤字規模は空前であり、将来の手当てが必要で ある。しかしソブリン・リスクを一般化することの問題点にも留意する必要がある。市場 が懸念しているのはギリシャなどEU周辺国の財政危機であってソブリン・リスク一般では ない。空前の財政赤字に直面している米国、英国、日本、ドイツなど中核先進国の長期金 利は大幅に下落し、市場はむしろ景気失速を心配している。中核先進国長期金利の低下は 、①更なるリスク回避の証左なのか、②リスクテイク復活のドライバーとなるのか、二つ の可能性があるが、後者を後押しする政策が必要である。
「フーバー・モーメント」を懸念する米国政府
特に、雇用増加が鈍く中間選挙を前に支持率を低下させているオバマ政権の危機感が強い 。米国財務省は各国に対して性急な緊縮政策に対する警告を発しているが、FRBも予め景気 失速リスクを警告することで、市場に予防的対応を促している。6月23日のFOMC声明では景 気判断を後退させ、市場に当分利上げは視野に入らないことを理解させた。一直線のV字回 復期待は水を差され、リスクテイク意欲は、しばし足踏み。米国利上げは遠のくと見られ 、期待されているリスクテイクの円安が起きるのも、少し先ずれ込むかもしれない。しか し、市場に先んじて景気に対する懸念を表明したことで、かえって市場を安心させている ともいえる「フーバー・モーメント(1930年代恐慌の下でフーバー、フランクリン・ルー ズベルト両大統領による早すぎる緊縮財政が、大恐慌を長引かせた)」を繰り返さない、 が米国当局の決意である。それは市場に安心感を与えるものである。
鍵は米国or先進国企業部門における顕著な生産性の向上
確かに、米国経済は景気回復第一局面の鋭角リバウンドの時期を過ぎ、しばし成長率の踊 り場場面にある。①政策支援の終焉(減税、住宅取得減税、FRBによる国債・モーゲッジ債 購入の停止など)、②雇用創造ペースが鈍いこと、③企業において所得と資本が退蔵され次 の好循環が見えてこないこと、④ユーロ危機とドル高による純外需のマイナス寄与など、 により2010年後半の成長率は幾分、低下しそうである。
とはいえ失望する必要はない。政策当局の姿勢もさることながら、企業部門の生産性(=経 済成長の源泉)が顕著に上昇しているからである。その結果企業の資金余剰は空前であり、 企業部門に十分余力が蓄えられているのだ。また民間需要水準は十分抑制され、これ以上 落ち込みようのない水準にある。消費も(自動車需要は過去30年間で最低)、投資も(民間設 備投資対GDP比は過去最低の9.4%)、住宅も(戸建住宅販売は過去50年間で最低)歴史的低水 準である。5月の新設一戸建て住宅販売が30万戸、前月比33%減となったがこれは大底の数 字。4月に打ち止めされた住宅購入者減税の駆け込みの反動であり、これ以上の下落はない 。
時間をかければより持続的な経済成長が可能になることは明らか
問題は企業部門の生産性の向上をいかに需要創造に結び付けるか。①賃金引き上げ、②生 産拡大・雇用創造、③財政による需要創造、④株価上昇による資産効果、などがチャンネルとして 考えられる。①②には時間がかかる、④のためには金融政策のサポートが必要、いずれも時間が解決す ることである。長期持続成長の基盤がしっかりできていることに、不安を持つ必要はない。