2016年11月28日
ストラテジーブレティン 第172号
ピケティ氏よりトランプ氏、世界過剰貯蓄に対する最適処方箋
~トランプノミクスによる経済ブームは日本株を強力に押し上げる~
(1)レーガノミクス相場に匹敵する株価上昇の可能性
新次元に突入した世界経済と市場
トランプ氏の登場により、世界経済と市場は(多分地政学も)新次元に突入した。そして、今始まった株式とドルのトランプラリーの持続性は高いと思われる。株高ドル高は、投資家によるトランプ氏の経済政策に対する信任の高さを物語っている。選挙期間中に強調されたポピュリズム、保護主義、孤立主義的傾向が薄められるにつれ、市場の注目は大規模財政出動、プロビジネスの規制緩和、国防支出増額などが引き起こす景気浮揚効果の大きさにシフトしている。軍拡・財政出動と規制緩和は、まさしく米国資本主義中興の祖ともいえるレーガンの経済政策そのものである。1980年のレーガン大統領の登場は、米国株式(NYダウ工業株)が18年間で1,000ドルから10,000ドルへの10倍という米国史上最大の上昇相場の起点となった。政策のラディカルさを考えれば、今後4年のトランプ大統領在任期間中の株価上昇がレーガン8年間で2.5倍(年率12%)に匹敵するスケールとなる可能性もあり得るのではないだろうか。
そう考えられる根拠は、トランプ氏の経済政策が今後数年にわたって米国経済の成長率を大きく押し上げること、がほぼ確かだからである。そして後述する2つの理由により、今の米国には成長阻害要因が小さいので、来るべき経済ブームが長く続く可能性が大きい。2要因とは、①米国経済のファンダメンタルズは基本的に健全であること、②トランプ政策が、現在の世界経済・米国経済が陥っている病、過剰貯蓄、資本余剰に対して有効な処方箋と考えられること、である。
(2)トランプノミクスが押し上げる米国の近未来経済ブーム
壮大なスケールの景気浮揚効果
巨額の財政出動がもたらす財政赤字やドル高が引き起こす新興国経済に対する懸念ばかりが強調されるが、むしろ財政が引き上げる成長加速の連鎖効果に注目するべきである。特に減税案は、①法人税減税(税率を35%から15%に引き下げ)、②個人所得税の減税(現行7段階の累進税率を12%、25%、33%に引き下げ、最高税率を現行の39.6%から33%に引き下げ)、③キャピタルゲイン及び配当に対する減税延長、④相続税の撤廃など、壮大なものである。また累計2.5兆ドルにのぼる多国籍企業の海外留保利益の国内送金に対する課税軽減(35%から10%へ)により、税収増と海外からの所得還流が企画されている。これらがすべて実施されれば10年間で5兆ドル規模となり、それは米国名目GDPの2.8%に相当する、と推計されている。これに5,500億ドルと言われるインフラ投資と国防支出増が加われば、リーマン・ショック以降2.1%(2011-2015年平均)であった米国の成長率は、容易に1990年以降の長期成長トレンド3%を超えていくだろう。さらにエネルギーや金融規制緩和もビジネス活動を活発にする。次回中間選挙の2018年には経済成長率4~5%のブームが訪れる可能性は大きい。それはやがて、インフレと財政赤字拡大という2大景気阻害要因を育て、長期金利の上昇が次のリセッションをもたらすことになる。既に失業率4.9%と完全雇用状態にある米国のインフレ加速は、巨額の財政赤字とともに2018年以降の懸念要因として浮上しよう。しかしインフレと金利上昇に対してはドル高が大きな鎮痛剤となろう。つまりドル高が続けば、予想される経済ブームは2020年までのトランプ政権の任期中持続することも十分に考えられるのである。いうまでもなくドル高は米国金融の世界支配力を強め、トランプ氏が狙う世界覇権の強化にも結び付く。
トランプノミクスのloserは中国に、だが顕在化には時間が
エコノミスト誌(11月19日)は、トランプノミクスに対する懸念として、①ドル高による新興国の金融破たん懸念、②ドル高による米国経常収支の悪化に伴う貿易摩擦、③格差拡大、の3点を指摘しているが、③は成長加速でむしろ緩和されるだろう。米国国内ではインフラ投資、エネルギー投資、住宅投資などにより国内筋力労働者雇用の増加が不満を和らげるだろう。
問題は①、②であるが、それはひとえに中国問題であると考えられる。まず①のドル高による新興国の金融破綻について。1980年代初頭のレーガノミクス時のドル高は、1970年代の債務増加による経済ブームに沸いていた中南米諸国からの資金流出と通貨安を引き起し、中南米金融危機をもたらした。以降、中南米諸国は累積債務問題に足を取られ長期経済停滞に陥ったが、その再現が懸念されている。今日の懸念は巨額の対外債務をため込んでいる中国である。中国は4.6兆ドルと外貨準備高3.2兆ドルの1.4倍の対外債務を負っているため、ドル高・人民元安が続けば深刻な打撃を受けるであろう(債務がドル建てであれ人民元建てであれ、債権者or債務者に発生する損失は変わらない)。また②の貿易摩擦についても、1980年以降の米国の貿易摩擦相手国であった日本に対する米貿易赤字は大きく減少し、今日では米国の対外貿易赤字の5割を占める中国が貿易摩擦の主な標的であることは明らか。対中貿易摩擦は、トランプ氏が就任初日に中国を為替操作国に認定するとしていること、知的所有権侵害などの中国の不公正な通商慣行に対する批判に見るように、既に始まっている。つまりトランプノミクスの潜在的リスクは中国にあると言える。しかし、その顕在化はしばらく先になるのではないか。中国は当面、超金融緩和と巨額財政支出で経済の失速を回避しており、それは1~2年は続くだろう。ただ貿易摩擦の結果としての貿易収支の悪化と通貨安、国内債務(潜在的不良債権)の増加という、中国の危機の種は水面下で膨張の一途を辿るだろう。
(3)元々基本健全であった米国経済
軽視され続けてきた米国経済の基本的健全性
それにしても何故突如として、憂鬱な展望ばかりが語られてきた米国において、バラ色に見えるシナリオが浮上したのだろうか。それは米国経済のファンダメンタルズが基本的に健全で、次期大統領はそれを引き継ぐからである。以下最重要な5指標は、全て歴史的な高水準にある。米国の健全なファンダメンタルズとは、①情報インターネット革命に支えられた空前の企業収益、②世界最強のイノベーションに基づく産業競争力、③低金利かつ潤沢な投資余力(=高貯蓄)、④健全化した財政、⑤抑制されたインフレ、である。唯一問題なのは経済成長率が鈍化し、一部の地域、階層が成長の果実を享受できていないことであるが、これらは手当次第で容易に解決できる事柄と言える。よって次期大統領トランプ氏は、財政と規制緩和による成長底上げ政策を打ち出すことができ、それを市場は評価しているのである。
有利な条件を引き継ぐ次期大統領
これらの好条件を自由に駆使して次期米国大統領は、豊かな経済便益を国民に提供できる有利な立場にある。当社は、トランプ氏であれヒラリー・クリントン氏であれ、次期米大統領は経済成長率の加速、株高、ドル高を実現できる可能性が大きいと考えてきたが、トランプ氏の政策はよりプロビジネス、プロ成長型であると言える。
(4)過剰貯蓄を成長に転換するトランプノミクス
トランプノミクスの論理的正当性
トランプ氏のプロビジネス、プロ成長の政策が適切で、それゆえに株価上昇に結び付くと考えられるのは、それが世界的貯蓄余剰に対して最も有効な処方箋と考えられるからである。かねてから当社は、現在の米国経済・世界経済の根本問題は、企業の空前の超過利潤が有効に実体経済に還流せず、資本余剰として滞留していることにある、と主張してきた。この余剰資本を活用する手段として、トランプ氏の財政による需要創造策、規制緩和による投資喚起策は的を射ていると考えられる。
ここ数年間世界的な高利潤率の一方、利子率が歴史的水準まで低下して、本来同じはずの資本のリターンが利潤率と利子率に分かれて二極分化していることが、問題とされてきた。この企業の高利潤と空前の金利低下という普通ではない現実は、企業が新産業革命による生産性向上により、著しい超過利潤を獲得していることに根本の原因があると考えられる。つまり、企業は大儲けしている。しかし儲かったお金を再投資できなくて遊ばせ、金利が下がっている。先進国で顕著になっている金利低下は資本の「slack(余剰)」が存在していることを示唆している。また雇用の停滞、(失業率高止まり、低労働参加率、弱賃金上昇力)は、労働余剰「slack」の存在を示している。なぜ「slack(余剰)」が問題になるほど増加してきたのか。その原因は企業における労働と資本の生産性の顕著な上昇にあると考えられる。IT、スマートフォン、クラウドコンピューティングなどの新産業革命は、グローバリゼーションを巻き込み、空前の生産性向上をもたらし、労働投入、資本投入の必要量を著しく低下させているのである。この資本余剰を放置すれば格差拡大をもたらし、社会不安を高める。さらには資本の退蔵・死蔵は資本主義の死を意味する。つまり状況変更に対する政策のコミットメントがなければ資本主義は崩壊してしまうかもしれないのである。
そこで余剰資本を政策の力で実体経済に還流させ成長加速により利子率が上昇するというシナリオが必要とされるのである。これができれば明るい将来展望が描かれる。資本を還流させる政策オプションとしては、
1) 財政政策⇒ケインズ政策/民間投資を喚起する制度変更
2) 金融政策⇒株高による時価ベースの利潤率(益回り)の引き下げ、自社株買いはその橋渡し
3) 所得政策(社会政策) ⇒賃上げ、労働分配率向上と消費増、ベーシックインカムなどの社会的所得配分も。
の3つが考えられる。これらの政策イニシャティブにより、新産業革命の成果が成長と人々の生活の向上に結び付き経済成長率が高められる。この中でトランプ氏の選択は1) であった。2) は米国では十分に活用され既にその役割を終えつつある。これに対して3) の選択肢からのトランプ批判があげられている。その典型例は「21世紀の資本」のベストセラー経済学者トマ・ピケティ氏であろう。
トマ・ピケティ氏はトランプ政策を所得減税により富裕層が優遇され、企業減税による財政ダンピングや環境基準の緩和(環境ダンピング)により自国本位化が進み、規制緩和で企業を優遇するものだ、等と全面的批判を展開している。ピケティ氏は米国の経済格差・地域格差を是正する規制強化と所得再配分(富裕者増税と社会政策支出)が必要だとするサンダース氏に同調している。(11月23日朝日新聞・11月13・14日ルモンド紙掲載の抄訳)。確かに企業課税強化、富裕者課税強化により余剰貯蓄を政府が吸収し、弱者などに再配分するという政策も余剰資本の活用という点でポジティブであるには違いないが、それでアニマルスピリットが喚起され投資が活発化し、成長が高まり、金利上昇と株高に結び付くかというと疑問である。
そもそもピケティ氏の議論は
r(資本のリターン)>g(経済成長率)
という一つの不等式のみにフォーカスし、それは所得配分、税制によって是正されるべきだという立場にこだわってきた。そして成長率への働きかけに関してはほとんど関心を示してこなかった。
しかし、当社は、現実は二つの不等式が共存している状態
r1 (利潤率)>g(成長率) >r2 (利子率)
であり、利子率の低さ=余剰貯蓄の存在とは、現在需要の先送りが起きているわけだから、余剰資本を活用すれば成長率が高まり、それが格差や貧困対策にも結び付くと考えてきた。トランプ当選後の株式市場の好反応を見ると、財政による需要創造により大きなメリットがあることがうかがえる。
(5)トランプ政権登場の必然性、歴史的意義はあるのか
変革が必要であった、①世界秩序、②富の還流、が行き詰っていた
トランプ氏がレーガン氏の様に歴史的大統領になるのかならないのか、判断はあまりにも時期尚早ではある。しかし全くのアウトサイダーであったトランプ氏を登場せしめた必然性があるとすれば、トランプ氏が歴史的指導者として大化けする可能性を秘めている、と言える。
トランプ大統領当選後の、メディアや市場の反応には戸惑いがある。確かに彼の主張は矛盾と欺瞞に満ち、大衆の怒りをたきつけそれに依拠する典型的ポピュリスト、とみなされても仕方がない面はある。しかし、彼を支持した有権者の大半がポピュリスト的主張を支持したとは考えられない。最も民主主義の鍛錬を積んだ米国有権者がトランプ氏に託した期待とは何か、を想像することが大切である。株式市場がこれほどまでに肯定的に反応している以上、そこには明白な合理性があるはずである。トランプ氏の訴えが有権者の琴線に触れたことを、認めなくてはならない。
その第一は、世界秩序の衰弱(米国から見れば無法の闊歩)であろう。不法移民もイスラムに対する過激発言も、有権者は世界の無法を容認しない意志ととらえたのではないか。とすれば答えは米国覇権と世界秩序の再構築であり、軍事力増強が必要となるが、それは孤立主義とは対極のモノである。トランプ氏がPeace through strength というレーガンのアジェンダを繰り返して述べていることはそれを示していると考えられる。新たなならず者国家の台頭、テロの多発、新大陸サイバー(=サイバー空間)での覇権と安全保障確保、などに対する対処が必要である。そして経済ファンダメンタルズは米国の国防力増強、覇権強化を十分に可能にする強さがある。
第二は、企業の儲けが広範な雇用や生活水準の向上につながらない経済の目詰まり、グローバリゼーションの繁栄から取り残されている地方経済とスキルの低い労働者への共感である。保護主義や孤立主義的発言は低スキル労働者の窮状を放置しないというメッセージとしてとらえられた。それはプロ成長政策によって解決できる。地域経済、低スキル雇用の底上げが最重要な政策課題と認識され、この二つの課題にヒラリー・クリントン氏とトランプ氏のどちらが解決能力を持っているかが問われ、米国有権者はトランプ氏と判断したのではないか。またリーマン・ショック以降金融規制が強化され、新規ビジネス開業が大きく落ち込んでいることも、経済の目詰まりと見られる。上下両院を制した共和党の伝統的政策との折り合いをつけつつ、大胆な政策が打ち出されようとしている。トランプ氏がどう考えても実現不可能なポピュリスト的主張(保護主義、孤立主義、排外主義)を修正していけば、それはレーガン流保守革命の第二弾と言うほどの変化をもたらす可能性もある。
トランプ氏の本音主義、過剰なコンプラ批判、建前理想主義批判は潜在的に人々が求めているものだったのかもしれない。
良好な日米関係が想定される、円高圧力はもう起きない
そうしたトランプ氏の傾向は、安倍首相との親和性がある。安倍=トランプ関係は、ロン(レーガン)=ヤス(中曽根)関係に似る可能性がある。世界の首脳の中で安倍首相が最初にトランプ氏と会見したことはそれをうかがわせる。日米関係はむしろ好転していくのではないか。日本の新安保法制の策定や、対米思いやり予算(駐留経費の75%負担率は世界最高)をトランプ氏は必ず評価しよう。また外貨準備のすべてを米国国債で運用している日本の協力的運用姿勢(中国との大きなコントラスト)をトランプ氏が知れば評価するだろう。日本経済のプレゼンスの上昇は、①日米で補完分業体制が確立していること、②中国のオーバープレゼンスの抑止、の観点から歓迎されるだろう。
円高誘導はもう起きない。日本にとってアンフェアな為替操作国モニター制度は修正されるかもしれない。
(6)トランプノミクスは日本株式キャッチアップラリーの推進力に
就任直後のトランプ大統領は2018年中間選挙、2020年次期選挙を睨み、国内でかなりのリフレ政策を展開するだろう。議会での共和党多数確保はより政策の自由度を高める。2017年は米国成長率加速が予想される。海外に利益を留保している多国籍企業の国内所得還流促進は、減税・インフラ投資の原資となるだけではなく、ドル高要因でもある。米国経済加速とFRB利上げ(12月プラス2017年年央の公算)により、米株高、米金利上昇とドル高トレンドが顕在化しよう。日本でもアベノミクスの第二弾による財政金融総動員のリフレ政策が本格化、労働需給・不動産需給改善による賃上げ、家賃上昇に加え、円安と原油価格の下落一巡により、物価上昇率が高まる。実質金利の低下は、国内のリスク資産投資を大きく鼓舞するだろう。2012年11月の日経平均8,600円から2015年8月の20,860円への2.4倍上昇がアベノミクス相場第一弾であったが、今16,000円を起点とした第二弾のアベノミクス相場が始まった可能性は濃厚である。その場合、中期2020年ごろにかけて日経平均は30,000~40,000円に達するスケールになる可能性もある。図表16に見るように市場心理のインディケーターでありピンポイントでボトムを指示する裁定買い残(対東証一部時価総額)比率は10月、0.1と史上最低まで落ちこんでいた、ということは事後の株式リバウンドは壮大なものになる可能性が大きいと考えられるのである。