市場を大混乱させてきた①ギリシャ問題と②米国「金融規制改革法案」で、懸念が急速に薄れている。5月21日ドイツ議会は、金融安定化基金に対する1480億ユーロの拠出を可決、総額7500億ユーロの金融安定化プログラム (600億ユーロの欧州委員会によるシードマネーの拠出、4400億ユーロの各国政府の保証による基金創設、2500億ユーロのIMFの出資)の実現がほぼ確かとなった。市場を震撼させた先週のドイツ・メルケル政権による単独の空売り規制は(ヘッジファンドのリスク回避を加速し全くの逆効果となったが)、議会で野党勢力の同意を得るためのマヌーバー(策謀)であった可能性が強い。
7500億ユーロ安定化プログラムは決定打
7500億ユーロの金融安定化プログラムは、事態安定化の決定打となるだろう。財政的裏付けを得て、ECBは市場でたたき売られている問題国の国債を購入し、市場価格を操作できるからである。その強力さは、リーマンショック以降の米国の急速な事態の改善を見ればよくわかる。2008年10月、米国政府は7000億ドルの財政支出計画TARP(Troubled Asset Relief Program=問題資産救済プログラム)を成立させた。それにより(損失の補てんが保証されたので)、FRBはバランスシートを膨張させての巨額の資産買い取りが可能となった。たたき売り状態にあった住宅ローン債権(MBS)の市況は正常化し、その結果米国金融機関の収益は急回復し、資本不足はたちどころに解消し、危機は去った。財政資金投入スキームは様々な金融安定化作戦の鍵であり、核である。それがほぼ確かになったことの意義は絶大である。
図表1はいかに米国FRBが資産買い取りを急増させたか、図表2はいかに市況が変化したか、図表3はいかに米国金融機関の収益が回復したか、を示している。くり返すが、これらの一連の変化の起点には、7000億ドルの財政資金投入スキームの策定があったのである。
ギリシャ危機は遮断された
このような決定打が策定された後も、リーマンショック時と同様、株価は下落を続けるなど不安定である。①人々は財政資金投入の持つ大きな意味合いを容易に理解できないこと(リーマンショック時にはポールソン財務長官の「バズーカ砲」という表現が嘲笑された)、②財政資金投入・資産購入が確実になされるのかが不確かであること、などが原因であろう。それらは事態の進展を見た時に、市場にポジティブサプライズをもたらすだろう。今回は既にギリシャ国債の利回りが急低下し2010年のギリシャ国債起債が無事完了した。ECBの介入が市場価格を大きく引き上げている。またギリシャ、ポルトガル、スペインなどで財政緊縮計画が策定された。さらに、欧州委員会による各国財政の監視・管理制度と罰則規定が検討されている。EU制度の根幹にある矛盾、つまり一体化している金融とバラバラな財政との矛盾は、各国の財政主権を制約するという方向で決着していく道筋が見えつつある。またFRBとECBとの間で為替スワップ協定が再締結され、ギリシャ危機の伝染→欧州経済危機の勃発→各国のユーロからの離脱といった悲観的展開は、まずは遮断されたと言ってよい。
財政資金投入策定から株価底入れまで5カ月間かかったリーマンショック時と異なり、今回は株式市場も比較的短期間に底入れ安定化するのではないか。
骨抜きになりつつあるボルカー・ルール
あと一つの議会発のポジティブニュースは、米国の「金融規制改革法案」上下両院の一本化案が具体化し、ボルカー・ルールの棚上げがほぼ確実となったことである。銀行の自己勘定トレーディングの禁止、デリバティブ特にスワップトレーディングの禁止、高リスクのヘッジファンドとプライベートエクイティーへの出資禁止、負債規模国内シェア10%を超える金融機関の分割など、はことごとく先送りされる見通しとなった。その多くは行政サイド、財務省とFRBの裁量に委ねられる。ハイスピードで革新を続ける金融の制度規制は、優れて専門家マターであることを認めるものである。米国の誇る最も高成長・高収益産業を維持することに対する、大きな配慮が明らかとなっている。今にして思えば、ボルカー・ルールはマサチューセッツ州上院議員補選で敗北を喫したオバマ政権の有権者に向けたボーズだったと考えられるが、議会はポピュリズムを克服したと言える。
鍵となる景気回復に問題なし
このように、ここ半年市場を不安に陥れたギリシャ問題、ボルカー・ルールなどがクリアーされると、関心は景気実態に移っていく。世界経済の見通しは依然明るい。4月に発表されたIMFの世界経済見通しは今年は4.2%、去年が-0.6%なので一年で4.8ポイントの景気浮揚が起こるというもので、これは大方の予想をはるかに上回るが、その牽引役はアメリカ経済である。ギリシャ危機が起こっても、アメリカ経済の3%を超える経済成長が損なわれると見る人は少ない。先週FRBは2010年の見通しをそれまでの2.8~3.5%のレンジから3.3~3.7%のレンジへと上方修正した。また、ギリシャ危機が起こったことによって、中国における人民元切り上げの圧力も弱まり、中国の経済成長は10%ペースで拡大して行くことも見えてきた。ユーロ圏の中でも、ドイツでは①ユーロ安が起こったこと、②投資資金がギリシャからドイツにシフトしドイツの金利が下がったこと、の二つによってむしろ、危機のプラスの影響も想定できる。今年の株価の動きを見ても、ドイツ株が堅調である。ユーロ圏の中でギリシャが沈んで、それにユーロが引っ張られるというシナリオだけではなく、ギリシャが沈む代わりにドイツが浮上してドイツの力強さがユーロ圏を引っ張るという可能性もある。こう考えると、市場が捉われていたギリシャ発の金融危機から世界経済の底割れというシナリオは是正される可能性が大きい。震源地の欧州クレジット市場の安定は基本的に保たれており(図表5参照)、急落していたユーロも介入警戒感もあり下げ止まった。リスク回避から円高と株式市場の波乱が続いているが、それは余震のようなものだろう。事態は安定化に向かうと思われる。