2015年07月21日

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ストラテジーブレティン 第142号

中国、繰り出される究極の弥縫策、Contingency plan発動か
~高まる存在感とは裏腹に~

中国をどう見るべきか。経済規模と地政学において大きな存在感を示す一方、目先は経済困難が深刻化し、究極の弥縫策と見える対策が相次いでいる。Contingency plan(不測事態対応策) が発動されつつあると見るべきかもしれない。このようにねじれている中国の現実、そのどこに注目するかで、人々の対中イメージは全く異なる様相を呈すると言える。目先マドルスルー(やりくりでしのぐ)、中期警戒、長期悲観が適切な見方ではないか。

 

(1) 圧倒的に高まった存在感

圧倒的に高まった国際評価

中国は圧倒的な経済規模を見せつけている。2014年購買力平価(PPP)ベースで中国は米国を抜き世界最大の経済大国となった。また外貨準備高は3.7兆ドルと第二位の日本の1.2兆ドルのほぼ3倍と突出している(その定義が異なるので単純な比較はできず中国の対外金融力は過大評価されているのではあるが)。これらのデータは19世紀初頭、世界GDPの3割を占めていた清帝国のプレゼンス(アンガス・マジソン歴史統計による)が再び復活するとの長期展望を正当化するものとなっている。特に過半の欧州人は西欧・米国から中国への重心の歴史的シフトを所与のものとして受け止めつつある。

 

6月、アメリカのピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)という世論調査会社が、世界40ヵ国の国民を対象にした、アメリカがスーパーパワーのポジションを維持できるのか、それとも中国がそれにとって代わるのかについての世論調査結果を発表した。何と、ヨーロッパの全ての国でこれから中国がスーパーパワーになり、アメリカを代替するという見方が多数派であった。アメリカにおいても見方は拮抗している。その中で唯一日本だけが77%と圧倒的な比率でアメリカのスーパーパワーが維持されると見ている。つまり、世界の常識は今やアメリカから中国へと世界のスーパーパワーがシフトすると見ているのである。

 

この流れに沿ってか、中国は世界のルールメーカーになる野望を隠さなくなった。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設、一帯一路構想つまり海と陸のシルクロード建設、南沙諸島の岩礁の埋め立て、新パナマ(ニカラグア新運河)構想などを遂行、米国と並び世界秩序を決める側に立つことを鮮明にしている。米国がボイコットを呼びかけたAIIBにイギリス、ドイツ、フランスなど欧州の米国の同盟国が参加を決めたことも、中国が世界秩序のセッターとしての自信を強めるものとなっている。習近平主席は米国の不同意をおして、米中の「新型大国関係」「太平洋は米国と中国がともに振る舞うのに十分広い」等と、米国と伍しての存在感を誇示している。

 

(2) 顕著な経済失速の症状

経済活動急ブレーキ、過剰投資のとがめ現れる

しかし翻って足元の経済の衰弱は顕著である。鉄道貨物輸送量、発電量、粗鋼生産量、輸入数量などは軒並み前年比マイナス領域に陥っている。モノの動きの成長はもはや途絶えつつあるとの観測も大げさとは言えなくなっている。工業生産増加額(付加価値ベース、前年比)も2010年ピーク時20%増、13年10%増、14年8%増から2015年に入って以降5~6%増に低下している。特に国有企業の生産額は前年比2%台まで鈍化している。

 

成長をけん引してきた3大投資部門のうち設備投資と不動産投資は完全に失速した。特に図表9に見るように不動産部門の急悪化は顕著である。不動産開発投資は2010~11年に前年比30~40%と急増したが2012年に10%増まで急減速していた。それが習近平体制発足時の景気テコ入れの柱として2013年には再び前年比20%まで押し上げられていたのであるが、以降急低下し今ではほぼ前年比横ばいとなっている。大都市近郊には住む人のいないマンションが林立しており、主要都市の不動産価格が下落に陥るなど、更なる投資増加は考えにくくなっている。産業部門の過剰設備も目を覆いがたい。自動車は50%の過剰設備と言われているが、4、5、6月と自動車販売が前年比マイナスに陥るなどギャップは埋めがたい。鉄鋼業も30%以上の過剰設備を抱えているとされるが粗鋼生産はゼロ成長である。国家プロジェクトとして唐山市沖の巨大埋め立て計画をはじめ、広大な工場用地は更地のまま放置されている、と伝えられる。急増したショッピングモール建設(主要50都市の商業施設面積は2年前の8割増と急増したと、6月17日の日経新聞は伝えている)とは裏腹に、小売販売は鈍化しており、テナントが埋まらないゴースト施設が目立っていると言う。ネット通販にシェアを奪われていることも影響している。

 

 

(3) 繰り出される究極の弥縫策、Contingency plan(危機対応プラン)の発動

インフラ投資と金融緩和、株価対策
スマートフォンやドローンなどのハイテク部門での中国企業の躍進は華々しいが、それだけでは巨大な成長の穴を埋められない。よって今は、なりふり構わぬテコ入れ政策が相次いで打ち出され、かろうじて失速を免れている状況と言える。テコ入れの第一の柱は過大投資の上に屋上屋を重ねる高速鉄道、地下鉄、高速道路などのインフラ投資である。第二は金融緩和であり、預金準備率引き下げ、金利の引き下げ、住宅ローン規制の緩和、預貸比率規制(従来75%上限)の撤廃などがすでに実施されたが、加えて地方政府債務の証券化とそれの中央銀行引き受け(中国版量的金融緩和)が検討されている。不良資産化する恐れのある資産の証券化と銀行引き受け、そのために進行する金融緩和は、壮大な不良資産の国家移転(国への付け替え)となる可能性があり、財政赤字の急増を予見させる。最も必要な国有企業の改革や労働分配率引き上げによる消費主導経済への移行などは棚上げされ、経済長期展望は絶望的となっている。

 

 

なりふりを構わぬてこ入れ策は株式市場において顕著である。先月まで1年で2.5倍という突出した株価上昇が進行し、そこから1ヵ月で35%の株価暴落がおこった。企業破たんや経済急減速により収益悪化が推測されており、本源的企業価値衰弱の下でのここ一年間の株価急騰は明らかにバブルであった。しかし、中国当局はこのバブル崩壊を容認できず、常識を超える下支え策を打ち出し、下落を食い止めた。この間のテコ入れ策をざっと挙げれば、当局の大号令に従った大手証券会社21社連合による1,200億元(約2兆4千億円)規模の上場投資信託(ETF)購入、新規株式公開(IPO)の承認凍結、大量保有株主による株式売買の半年間停止、「悪意ある空売りの懲罰」などである。加えて証券情報の統制、風説の流布の禁止など市場経済システムを採用している国ではありえないものばかりである。中国政府は今後も信じがたい手を繰り出してでも株価のさらなる暴落を食い止めるだろう。むろん公的介入で株価が持ち直せば、帳簿上の富がある程度確保されるが、それは本源的企業価値からどんどん乖離してしまう。株価はいわば経済の体温計であるが、そのメモリを意図的に変えてしまうのであるから、それは市場原理の否定そのものであり、グローバルな尺度で見て中国株式市場の死を意味しかねない。

 

社会思想統制の強化
こうした一連の動きは、中国においていよいよ本格的危機の到来を想定し、Contingency plan(不測事態封じ込め対策)がとられ始めたことを示しているのかもしれない。本格的危機となれば、民心を安定させる治安対策も重要になる。

 

7月1日、戦前日本の治安維持法を想起させる幅広い社会統制権限強化を目指す「国家安全法」が成立し、早速広範な人権派弁護士の摘発が相次いでいる。その前兆は今年1月中国共産党と政府が「大学に社会主義的価値観の徹底を求める意見」を発表し、大学からの西側の価値観の排除を指示した時に現われていた。大学を「マルクス主義や中国の偉大な夢、社会主義の核心的価値観の最前線」との位置づけたのであるが、その延長線上で、いよいよ思想統制、言論統制が全社会を覆うこととなったのである。

 

一転対外姿勢は融和に傾く
対内統制とは逆に対外姿勢には顕著な軟化が現われている。習近平政権は歴史問題により首脳会談を拒否するなど厳しい対日姿勢を維持してきたが、安倍首相の訪中招待、先週訪中した谷内国家安全保障局長の厚遇など手の平を返す急変が起きている。中国の南沙諸島岩礁埋め立てと人工島建設により米国は対中姿勢も硬化しているが、9月の習近平訪米を前に、米国に対する融和的な態度の変化もみられる。一見矛盾する対内統制強化と対外宥和が急に打ち出されていることも、本格的危機の到来を想定し、Contingency planが発動されているということではないか。これらに共通するのは副作用を承知の上での危機封じ込めの劇薬ということ。短期的には危機の発現は抑え込まれるだろう。

 

短期ではContingency plan 奏功、改善へ
高まる存在感と全く逆の経済困難、そして究極の弥縫策、こうした要素の何が今後の趨勢を決めていくのだろうか。高成長が持続し世界の経済・政治において中国のプレゼンスが高まり続けるシナリオはもはや無いのではないか。いずれかの時点で成長が停止し経済危機がぼっ発するだろう。その先には共産党独裁体制に関わる体制問題が浮上する。対外膨張を続ける中国に対し米国も、重い腰を上げ始めた。米中新冷戦の兆しとも考えられる。危機はどう発現するか、また世界と日本に対する影響はどうか、中長期的にはとてつもない不確実性である。


とは言え短期では、弥縫策が功を奏するだろう。米国主導の先進国経済の成長加速による輸出改善が見込まれることもあり、経済のこれ以上の失速は免れそうである。株価対策も効いている。目先マドルスルー(やりくりでしのぐ)、中期警戒、長期悲観が適切な見方ではないか。

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