2010年04月27日
ストラテジーブレティン 第12号
浮上する米・独・日
~ギリシャ危機の背景にドイツの競争力優位~
浮上のキーワードは『単位労働コストの抑制』
今年に入ってからほぼ4カ月間の世界株式パフォーマンスは、新興国による成長牽引、先進国の停滞というコンセンサスとは逆に、先進国上昇、新興国下落のコントラストが鮮明である。そして先進国の中では、不人気の米・独・日の浮上が顕著である。過去10年間経済停滞色が著しくアジアの衰退国と思われている日本がアジアのベストパフォーマーとなっている如く、ヨーロッパではかつての高賃金により最も閉塞感が強かったドイツの健闘が目立ち始めた。 今浮上しつつある米・独・日に共通しているのは、生産性の上昇と厳しいコスト削減による『単位労働コストの抑制』である。過去のレbulletin_j_20100427ポートで米国、日本の状況は説明した(※)。今欧州においてはドイツの『単位労働コストの抑制』が情勢の焦点となっている。それは株式パフォーマンスのみならず、ギリシャ危機の原因ともいえるからである。
※米国では過剰ともいえる雇用削減(2009年経済成長-2.4%なのに失業率は4%近く上昇した)で労働生産性が上昇し、不況下で劇的に労働分配率が低下していることを報告した(たとえば投資ストラテジーの焦点289号)。また日本に関しては過去20年間の超円高の中で、世界で唯一顕著な単位労働コストの低下を実現したことを報告した(投資ストラテジーの焦点287 、288号)。
通貨統合の問題は常に不均等発展の処理
ギリシャ危機はIMF と主要国の協調融資によってひとまず峠を越えた。しかし、その根本原因は除去されておらず、世界景気が悪化する場面ではより大規模な危機を生み出す素地を残している。ギリシャ危機とEU問題の根源は域内経済の不均等発展(生産性上昇率格差・コスト格差)にある。通貨統合以前なら生産性格差・コスト格差は通貨調整され各国内の経済安定が維持できた。しかし通貨調整と言う手段がなくなったことで、EU域内の生産性劣後国の政策運営は著しく困難になっている。最弱国ギリシャがその最初の被害者となった。 1999年通貨統合の当初高賃金国ドイツはアイルランド、スペイン、旧東欧諸国など新興EU加盟国に雇用を奪われ、厳しいデフレ圧力を受けた。その結果ドイツにおいて生産性向上・賃金抑制のプレッシャーが高まった。他方EU新興国は統合ブームによる労働需給ひっ迫で賃金が上昇、著しいコスト高となった(図表1)。その結果ドイツの輸出競争力が強化され、経常収支はドイツの突出した黒字、その他の大幅な赤字と言うコントラストが定着している(図表2)。 EUと言う域内固定レートではドイツの競争力優位は増大する一方である。欧州通貨統合の枠内でそれを処理しようとすれば、①EU新興諸国の生産性上昇、②EU新興諸国の賃金引き下げ・デフレ、③ドイツの賃金引上げ・インフレ、それらが無理となれば、④欧州通貨統合の崩壊が選択肢として浮上する。ECBという共通の中央銀行がドイツに賃金インフレを、EU新興諸国に賃金デフレをという異なる政策効果を誘導することは不可能である。またECBは雇用、成長にも責任を持つFRBと異なり、唯一通貨価値の維持にのみに専念すべき使命を与えられている。つまり②も③も容易ではないのである。 様々な緊急避難の弥縫策を講じつつ①のEU新興諸国の生産性上昇を待つほかはない、と言うところであろう。世界経済が大きく悪化すれば、④の可能性もあるがそれは政治的に容認されまい。となると、当分ドイツには賃金上昇の余力、企業マージン上昇の余力がため込まれることになる。 グローバリゼーションの熱風、空前の金融危機という大波乱を経て、世界経済は最も重要な価値基軸『単位労働コスト』に回帰しつつあるように思われる。『単位労働コスト』優良国日独は今回の世界的住宅バブルとは無縁で、資産価格が著しく割安である(図表3)。急ピッチで住宅バブル処理を完了した米国(図表4)とともに、魅力的投資対象の国に浮上するのではないか。