2014年02月24日

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ストラテジーブレティン 第115号

年初のテクニカル調整は終わったか

人々を興奮の非日常へと駆り立てたソチオリンピックが終わった。また2週間連続の日本全土を覆った空前の豪雪による混乱も落ち着いてきた。市場もようやく平静心に戻る時である。

1月から東京の株式が急落し、アベノミクスはいよいよ賞味期限が過ぎたという悲観的な見方が一気に噴出した。確かに日本株式は1か月で14%も下落したので、ただならないことが起こっている、と思いたくなるのは無理もない。しかしつぶさに中身を見ると、この東京株式の下落は、ほとんどすべてがテクニカルなものである。テクニカルなポジションの整理はほぼ終わったとみられるので、これからテクニカルな理由によって鋭角的にリバウンドする場面に入る可能性が濃厚と思われる。ファンダメンタルズ面では顕著な企業収益の増大と円安趨勢に揺るぎがない。それは更なる経済好循環を生み出す必須の2条件である。仮にこのテクニカルな調整をアベノミクスそのものの失敗に結びつけるという過剰悲観が蔓延しているとすれば、むしろ逆に、テクニカルにはアップサイドの圧力が高まる可能性もある、とも考えられる。場合によっては、3月末は昨年末の高値以上の水準まで株価が上昇する可能性もある。

(1)テクニカル要因による年初頭の日本株式急落

年初の市場、テクニカルな脆弱性がアタックされた

新年が始まった途端、世界の株式市場は乱気流に見舞われた。米国など主要国株式は1か月で7%の下落となった。この下げの原因が、巷間言われている米国QEの縮小による、新興国への投資の巻き戻しだけのことであれば、新興国の市場規模や経済規模からして、深刻なものとは考えられない。そもそも資金の需給や移動に伴う市場の変化は所詮ゼロサムである。新興国の金融資産や通貨が売られれば、逆に新たに買われる資産が現われる。実際一時的にリスク回避ムードが高まって新興国通貨やリスク資産が売られると同時に、資金は先進国国債に向かい、米国国債金利を引き下げたが、それはバリュエーション上、逆にリスク資産の魅力度を高めている。

今回の世界的株安は、昨年末「全く懸念材料が見当たらないことが、唯一の懸念だ」と言われた、楽観心理が蔓延している中で突如起こった。ようやく米国の持続的成長軌道が見え始め、心配されたFRBのQE縮小も整然とはじまり、IMFが2014年の世界経済の見通しを上方修正し、米国株価は、史上最高値を更新するという局面での、ヘッジファンドの仕掛け売りとも見られる超ロングポジションの一気の巻き戻し、が市場のムードを急転換させたと言える。そもそも世界的に先進国企業の業績は、新産業革命による生産性上昇にけん引されて絶好調である。また企業には空前の資金余剰が積み上がり、リーマン・ショック後の需要停滞の中で、資金運用難、投資対象難が世界を覆っている。「好業績と金余り」が続くと考えれば、世界株高がとん挫するとは考えられない。実際、先週末S&P500指数は直近の下落をほぼ埋め、過去ピーク比、1%弱のマイナス水準に迫っている。NYのマーケットのリバウンドは、1月の相場下落の口実とされた米国の景気不安、新興国の金融不安、あるいはテーパリング等量的金融緩和の縮小などが、いずれも解消されていない中で起こっている。ということは、1月の売却はほとんどテクニカルなものであったと考えられる。

日本人不在の日本株式市場は最高のボラティリティーに

1月初頭、多くの人々は、「リスクが見えないのが最大のリスクだ」と言いながら、楽観的なシナリオに増長し、様々なリスク資産のロングポジションを大きく積み上げていたため、テクニカル的に脆弱性があった。従って、1月の時点で存在していた最大のリスクは、テクニカルな売られやすい条件が積みあがっていたということである。このような世界的な株価下落、リスクオフということになると、同時に進行するのがドル売り・円買いである。これによって約5%の円高になり、日本株は米国株の2倍の下落を余儀なくされたのである。1月以降の株価の動きを見てみると、東京の株式は日経平均で14%、TOPIXで13%という大幅な下落になった。NYの株価下落が、S&P500で6%、ダウで7%と比べると、日本株はNYの株価の2倍の下落にあたる。東京の株式のプレーヤーは外国人であり、外国人は円をショートにしながら日本株を買っていたために、円が買われ日本株が売られたことにより、日本株式はダブルの影響を受けたのである。

ということは、テクニカルな過剰なセルオフが完了すれば、テクニカルな大きなアップサイドのスイングが起こりうるともいえる。つまりこれから先は、テクニカルな理由によって日本株がより大きく上がり得るということだ。そのことを裏付ける理由は、最近の東京のマーケットの大幅な高下からうかがわれる。先週発表された2013年第4四半期のGDPが年率1%と期待外れなものであったことにより、一時的に日経平均は大きく売られた。しかし、そのような売却は一時的なもので終わり、引け値はプラスになった。その後、日銀による新たな成長融資支援制度の倍額ということを口実にして、日経平均は一気に3%近い上昇を遂げた。日銀の成長融資支援制度の倍増というニュースは、この著しい株価上昇に見合いの好材料なのかと考えると、ほとんどすべての専門家はそうとは考えていない。つまりテクニカルな理由で売られたものが、今度はテクニカルな理由でリバウンドをし、さまざまな後付けの理由を探しているのが今の状況だと考えられる。

(2) 株高を支援する2大要因、円安と好企業業績

かつてなく積み上がる円安要因

やはり長期的にみると、株式の方向を決定するのはファンダメンタルズである。そして、以下のような二つの決定的な日本株高の条件がある。まずは、かつてない5つの円安の条件がパーフェクトに揃っていることである。5つの条件とは、①今や日銀が世界一ハト派であること、②日本の実質長期金利は史上初めてマイナスかつ世界最低になっていること、③著しいドルの実需要を生み出す空前の貿易赤字(2013年11兆円)、④今後想定される日本人投資家による壮大な資金アウトフロー(家計・年金・保険・投信の海外金融資産投資と企業による海外M&Aは必至)、⑤米国の円安容認姿勢などの地政学。(詳細については、2014年1月23付 ストラテジーブレティン(112号)を参照のこと。)ファンダメンタルズは明らかに円安方向へ向かっているため、1月にはあれだけリスクオフの環境下でありながらも、ドル円レートは105円から101円までの5円弱の調整にしかならなかった。そして円安は、非常にパワフルな日本株買いの材料となるだろう。

過去最高業績、今後は低下した損益分岐点売上高が威力を発揮する

二つ目の条件は、日本の企業業績がきわめて好調であることだ。おそらくこの3月は史上最高の業績になるだろう。そして、その企業業績をベースとすれば、日本の株の極端な割安さは全然是正されていない。日経新聞がまとめた日本の3月期決算企業約1500社の企業業績の見通しは65%の税引増益と予想されている。それはほぼ史上最高水準であり、来期は更なる増益が期待できる。それは世界でもっとも高い増益ペースである。そうした中で、株式の割安感はほとんど是正されていない。株式の益回りは1昨年アベノミクスが登場する直前で8%だったが、現在6割ほど株が上がっているのにもかかわらず、益回りは依然として7%で、ほとんど低下していない。また、社債利回りは0.8%とさらに低下しており、両者の倍率(益回り/社債利回り)は8倍と2012年から変わっていないのである。この倍率は割安さを示す最適の指標と言ってよいが、まったく変化していないのだ。つまり、いくら株が上がっても日本の株式の割安さが是正されないということが、ここ1年間起こっていることなのである。

なぜ株の割安さが続いているのか?日本の株式市場のメインプレーヤーであるはずの国内投資家が、そのような魅力的な株に対して、依然として資金を投入していないからである。しかし、このような消極的な株式運用姿勢が、今大きく変わろうとしている。従ってこれから先は、異常な割安の株式のバリュエーションの是正と、順調な企業業績の拡大によって、更なる日本株の株高が続くだろう。このように考えると、昨年1年間で57%上昇した日本の株価上昇は、去年の値上がりが異常だったのでもうここで息切れするという一般的な見方とは裏腹に、昨年ペースの株価上昇がまだまだ続く可能性を示している。

(3) 根拠に乏しい悲観論

株価下落によって一気に噴き出した悲観論を検証すると、いずれも根拠に乏しいことがわかる。

① 1994年テキーラショックとの決定的相違

FRBの引き締めが国際金融混乱をもたらしたケースは、1994年のテキーラショックである。当時FRBは長期続いた低金利からの引き締めを開始し、FFレートは3%から6%へと一年間で倍増した。長期金利(10年国債利回り)はそれに完全に連動し、やはり一年間に5%から8%へと急騰した。この長期金利の急上昇で、多くのリスク資産投資の巻き戻しが起き、最も脆弱であったメキシコペソが急落し、米国国内ではカリフォルニア州オレンジ郡が債務不履行に陥った。しかし今回は新興国から還流した資金が米国長期金利を押し下げている。それは今後のリスク資産投資を後押しする要因になるという点で、テキーラショック時と事情は正反対である。それでは、1997年のアジア通貨危機や1998年のロシアルーブル危機と今回の新興国通貨不安の類似性はあるかと考えると、これも全くないと言える。そもそもアジア危機、ロシア危機はFRBの政策変化が全くないところで起きた危機である。つまりテ―パリング(QEの縮小)が新興国の通貨不安を引き起しそれが先進国のリスク資産の価値を引き下げるなどと言う因果関連は、全くないと言っていいのである。では新興国に世界を脅かす危機の種があるかと考えると、中国以外にないと言える。いわゆるフラジャイル5(BIITS:ブラジル、インド、インドネシアネシア、トルコ、南アフリカ)は経常赤字が大きいため、通貨と金融が不安定であるが、既にオープンな資金移動によりショックには至らない。

② アベノミクス賞味期限切れとの謬論

アベノミクス賞味期限切れ、無効説も根拠に乏しい。断片的事実によるアベノミクス批判のいずれも根拠は薄弱と考えられる。

(a)インフレによる実質賃金の低下という懸念 → 円安による輸入物価の上昇により物価が上昇している。1月の物価は前年比1.6%(食糧、エネルギーを除くコア・コアで0.7%)となりデフレ脱却が現実になった。賃金の上昇は遅行するので、今のところ実質賃金はマイナスである。しかしそれは過渡期における不可避の一時的現象であり、やがて実質成長の増加、賃金上昇がおきれば回復するだろう。実質賃金が低下し続けるとするのは、アベノミクスが失敗するとの結論を根拠とした批判と言える。
(b)輸出が伸びず円安の効果がマイナスに → 輸出数量の回復が遅れているのは、企業の国際工程間分業の再構築に時間がかかるため。①企業の海外生産シフトの定着、②既に日本で生産力が失われた商品の復活には時間がかかっている、③日本の内需が外需より勢いがあり輸入数量が減らない、などの長期変化が起こっているため。しかし円安メリットは企業の採算にはっきりと表れており、円高に戻らないことを確信した企業は、時間をかけて国際工程分業の再アロケーションを行うので、いずれ貿易数量にプラスに働くだろう。Jカーブ効果は生きているが発現に時間がかかるということである。
(c)円安に支えられた企業収益は一過性 → 大幅な企業収益は円安による、タナボタ利益と見えるが、それは長期円高局面で日本企業が成し遂げた世界最高のコスト削減の賜物。日本企業のULC(単位労働コスト)は世界で一番低下してきた。円安になりその成果が表面化したと考えられる。しかし、アベノミクスの成功による売り上げ数量の顕著な増加は未だ実現していない。今後は大きく低下した損益分岐点売上高の下で、数量成長がおきれば、そのギアリング効果により高い増益率が維持されると考えられる。
(d)第三の矢の失望 → アベノミクス第三の矢、成長戦略が不発で失望を招いているという解釈が広がっている。しかし、成長戦略、構造改革、規制緩和は長期間かけて実現し、その成果も長期にわたって徐々に現われていくもの、短期の株価や経済成長の変化を説明するものではない。アベノミクスの第一の矢、金融緩和が失敗するとする論者の口実である。数年のスパンを見れば実際は雇用制度、法人税、農業改革など着実に進展している。
(e)唯一の正当な懸念は増税のマイナス → これはマイナスだが5兆円の財政対策と円安の効果で吸収可能であろう。

円安と好業績を打ち消す悪材料はない

断片ではなく全体像を見ることが大切である。全体像を考える時、円安と企業業績の持続性が決定的に大切である。円安持続がデフレ脱却と企業業績のカギである。そして企業業績が、雇用、賃金(ひいては消費)、企業投資、株価のすべての変化の起点である。今円安と企業業績にゆるぎない好条件が備わっていることを過小評価してはいけない。そしてそのための必須の条件が日銀による質的量的金融緩和の維持にあることは言うまでもなく、それに対しても不安は全くないのである。

 

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