2013年11月18日
ストラテジーブレティン 第108号
日本株、前例なき3つのプラスアルファ上昇要因
~始まった、長期上昇相場「第二の波」~
米国株、ドイツ株式が最高値の更新を続けている。日本株式も、昨年11月から始まった長期上昇相場の第二波に入った様相である。それはリーマン・ショック後の危機の時代を抜け、世界経済が米独日など先進国主導の新たな繁栄の時代に入っている可能性を示唆する。共通項はFRB、ECB、日銀の歩をそろえたQE(従来の常識を超える超金融緩和)であるが、その根底には新産業革命とグローバリゼーションによって引き起こされた生産性の上昇と顕著な企業収益の向上がある。米国株の長期停滞後の史上最高値更新は滅多に起きることではない。1954年、1982年のそれはその後の経済繁栄の先駆けであった。今回もそうなる可能性が十分に考えられる。
(2013年3月6日付 ストラテジーブレティン94号「NYダウ工業株史上最高値更新の歴史的意義」を参照ください)
ここ半年、日本株式の立ち遅れが目立っていた。来年からのキャピタルゲイン増税(10%から20%へ)を前にした売却、5月高値の信用残の整理、ヘッジファンド決算前の利益確定売りなどの需給要因が原因とみられる。しかし実体においては、アベノノミクスによる好循環がファンダメンタルズと企業業績で始まりつつあり、一部にある改革への失望、消費税増税のマイナス効果は打ち消されるだろう。
日本株式は2012年11月後半から2013年5月までの8割上昇に続く、第二弾の上昇波に入ったとみるべきであろう。アベノミクスによる「超円高」「長期デフレ」からの脱却により、2014年には日経平均は2万円超に上昇し、さらにその先のインフレの定着と改革の進展により、2020年東京五輪の頃には4万円、史上最高値更新の展望が開けてくるだろう。
二つの理由がある。その第一、米独株式の史上最高値の更新は世界経済の新たな繁栄の織り込みを示唆していること(QEが推進力になる)、第二の理由は「日本株に存在する、前例のないプラスアルファ上昇要因」の顕在化により、日本株の著しい劣後が是正されるとみられること、である。
図表1:主要国の株価推移
1. 世界を繁栄に導く米、欧、日の新機軸の金融政策QE
「21世紀の産業革命」がもたらす世界繁栄
色眼鏡を外してみれば、今は歴史上でもまれな繁栄の時代と言える。グローバリゼーションとインターネット、さらにはクラウド・コンピューティングやスマートフォンなどによる「21世紀の産業革命」が起こり、企業の生産性向上やコスト削減が劇的に進展している。人々の生活スタイルも生活水準も大きく変化している。これが世界的な企業収益の顕著な向上をもたらし、株価上昇をもたらしている。つまり、現在の世界的な株価上昇は、バブルやマネーゲームではなく、極めて堅固な企業実態に根差していると言える。
企業収益の向上は生産性の上昇による労働投入の節約 ⇒ 企業の労働分配率の劇的な低下によってもたらされた。しかしそれは失業の増加をもたらすので、新たな需要 = 雇用創造が起きるまで経済はしばらくパッとしない状態である。他方で、生産性の上昇は資本投入の節約をも可能にした。つまり設備コストの劇的低下によって、資金余剰が空前の水準にまで高まり、それが歴史的長期金利の低下をもたらしている。このように見てくると、「生産性の上昇 = 労働力余剰 = 資本余剰」がリーマン・ショックの前も後も、2000年に入ってからの米国を支配している基本構造と考えられる。
QE= 株高は需要創造に必須
図表2に見るように、「21世紀の産業革命」により米国では情報産業と製造業で顕著な雇用減少が始まったにもかかわらず(また図表3に見るように資本の余剰が顕著になったにもかかわらず)、リーマン・ショック前まではこの余剰資本、余剰労働力を住宅部門が吸収し、その結果バブルが形成され、人余り、金余りは表面化しなかった。しかし住宅バブルの破綻により一時的に住宅に吸収されていた余剰労働力と余剰資本が吐き出され、戦後最大の不況が起きた、と考えられる。この表面化した余剰労働力と余剰資本(いずれも生産性上昇の成果)が放置されたままなら経済は崩壊する、それを需要創造(=新たな価値創造)で活用できれば経済は発展する。リーマン・ショック直後は、どのような政策が選択されるかによって歴史の方向が変わる、決定的瞬間であった。そして幸運にもバーナンキ議長率いる米国の政策においては、辛抱強く需要創造を喚起する方向が打ち出され、市場は急速に安定化したのである。QE=量的金融緩和とは、そのような政策体系の中核であった。
図表2:米国のセクター別雇用の推移
図表3:米国企業部門(非金融)の資本余剰の推移
ジャネット・イエレン次期FRB議長は、議会証言において「足元の経済活動と雇用は米国の潜在的な力にはるかに及ばない」「性急な金融緩和の停止は高くつく」「経済の活性化を強く約束する」「国民がFRBの意図を理解したとき、金融政策が最大限の効果を発揮する」などと述べ、バーナンキ路線を引き継いで需要創造に全力を傾注する決意を示した。ドラギECB議長も断固とした利下げにより、需要喚起、デフレ回避姿勢を鮮明にした。米国、欧州経済は辛抱強い金融緩和 ⇒ 株高の長期継続(=リスクプレミアムの低下)⇒ 新たな経済繁栄(本格的経済成長と完全雇用の回復)、という長い道のりに乗り出したといえる。
このように米国株式、ドイツ株式の史上最高値更新が新たな繁栄を織り込み始めているとすれば、上がり始めたとはいえ、史上最高値の半分以下低迷している日本の株価は極めて不自然である。日本固有の低迷要因さえ解消できれば、史上最高値を超えて当然、と考えられる。
2. 日本株だけにある前例なき3つのプラスアルファ上昇要因
アベノミクスによるリーマン後の日本一人負けの是正
日本株式には他のどこの国にもない3つの大きなプラスアルファ上昇要因がある。第一はアベノミクスによる「超円高」「長期デフレ」からの脱却である。世界の株価は2008年のリーマン・ショックで1929年の大恐慌時に匹敵する6割の大暴落となったが、V字回復を果たし、2年後には日本以外の株価は元に戻った。リーマン・ショック後の大底比で米・ドイツ株式は2.4倍の上昇となっているのに、日本株は昨年11月までの3年間大底を這ったままであった。アベノミクス相場が始まった今日においてさえ大底比1.6倍と大きく引き離されている。リーマン・ショックもユーロ危機にも対岸の火であったはずの日本が、世界経済の中で一人負けするという納得がいかないことが起きた。なぜ日本は一人負けしたのだろうか。それは欧米の中央銀行が新機軸の量的金融緩和を推し進めた中で、日本銀行だけが白川前総裁の下で消極的な金融政策を取ったため、極端な円の独歩高が進んだからである。急激な円高が一気に日本企業の競争力を低下させた。韓国のウォンは円に対して半分に減価したが、それはサムスン電子のコストがソニーやパナソニックなど日本勢のコストの半分になったということを意味する。それにより日本の輸出産業、とくにエレクトロニクス産業は壊滅的な打撃を受けた。
図表4:主要国中央銀行の総資産(対GDP比)推移
図表5:リーマン・ショック後の各国通貨の対円レート
図表6:日本経済一人負け(日米の鉱工業生産指数推移)
また、この超円高が日本をデフレに陥れた。リーマン・ショックから5年が経過してもデフレになっているのは、先進国では日本だけである。円が韓国のウォンに対して2倍になったら、日本企業は給料を半分にしなければ競争できない。しかし、直ちに給料は下げられないので、企業はボーナスを減らしたり、残業をカットしたり、正規雇用を非正規雇用に代えたりせざるを得ない。それが世界で唯一日本だけをデフレに陥れた。デフレは殊に、海外生産シフトや機械化によるコスト削減の余地が乏しい内需型サービス産業を著しく損なつた。日銀の消極的な金融政策が超円高とその結果としての長期デフレをもたらし、日本の産業を弱体化させて、日本経済の一人負けを招来した。要は、日銀の〝オウンゴール〟と言える。
それがアベノミクスによって是正されつつある。すでに為替はほぼ妥当な水準に近づきつつある。OECDによる購買力平価からすると1ドル=104円程度が妥当だが、日本のインフレ定着と、米国経済の3%以上の持続成長によるQE縮小などの政策転換が起きれば、さらに円安が進行して2年後には1ドル=120円程度になるかもしれない。アベノミクス第三の矢の「成長戦略」が実行されるのはこれからだが、実際は超円高の是正と長期デフレからの脱却こそが“最大の成長戦略”であり構造改革なのである。
空前絶後の株安(マイナスのバブル)の是正
第二のプラスアルファ要因は、日本株の割安さの度合が古今東西、史上空前であるが、これが是正されるということである。現在、日本株式の益回りは7%。つまり100円の株で7円の利益を上げている(配当だけで1.5円程度)一方、100円で債券を買ったら利回りは0.8%、80銭、両者には8倍もの開きがある。言うまでもなく預貯金の利回りはゼロ、にもかかわらず、これまで日本では株にお金が向かわなかった。それが是正される大きなうねりが起きつつある。配当利回り2%、借金コスト0%という現実はレバレッジ50倍で日本株を買えば、1年の配当収入で投資元本が100%回収できるという、好投資環境。先ず、ヘッジファンドのポジションが巨額につみあがるだろう。
図表7:日本のバブル度の振り子
図表8:日米の長期益回り、社債利回りの推移
図表9:日米の株益回り/社債利回り倍率
米国国益、日本たたきから日本経済強化へ
第三のプラスアルファ要因は「地政学」である。バブル崩壊後23年間に及ぶ日本の長期停滞の根本的要因は、米国による“日本封じ込め策”である。日本の1990年までの繁栄、自動車やエレクトロニクスなど著しい産業競争力の向上は、米国発技術の導入改善と米国市場における顕著なシェア獲得によって可能となった。しかし日本のそうしたオーバープレゼンスは覇権国である米国の産業基盤を脅かし、米国国益を損なうものとなった。このためジャパン・バッシングが起きて叩かれた。貿易摩擦、超円高等々。それが今、反転しているのである。
なぜなら、日本経済の復活がアメリカの国益にとって決定的に重要だから。これ以上、日本が弱くなったらアジア全域が中国の支配下に入ってしまう。強い日本経済こそがアジアにおいて中国を封じ込め、アメリカのプレゼンスを維持することができる。つまり、日本経済に対する地政学的な逆風が順風に変わったのである。
このように、いよいよ世界経済の繁栄と日本一人負けの是正が同時進行する局面に入った。日本株が力強く上昇する条件がそろい、100年に一度というスケールの、ドラスティックな変化が起きようとしている、と考えられるのである。
図表10:1980年以降の日本の株価、地価、企業利益、雇用者所得などの推移
図表11:近代日本の興亡と地政学レジーム