電子機器の最終形、スマホ・タブレット
あらゆる電子機器がスマホ・タブレットに集約されつつある。ビデオ・カメラもオーディオも電話・通信端末もパソコンもスマホ・タブレットに埋め込まれ、それがインターネットによって世界中の人々とつながる時代が出現した。スマホ・タブレットはあらゆる情報や金融などの仲介者の役割をも代替しつつある。放送や新聞・出版などの既存の情報メディアはスマホ・タブレットをインターフェイスとするインターネットの世界に埋没していくと思われる。今や切符や財布の役割までも果たしつつあるが、やがてはそこから擬似貨幣が創造されていくだろう。高機能化、小型化とスマホの進化は続くだろう。しかし、スマホ・タブレットは電子機器としてはほぼ最終形であり、AV機器やPCがスマホ・タブレットによって代替されたように何かに取って代わられることは、当面ないであろう。
個を完全に自立させ新たな人間関係を
コンピュータの進化が経済における人と人との関係を変えてきたが、スマホ・タブレットの世界はその進化の歴史に金字塔を打ち立てた。メインフレーム時代は集中処理によるピラミッド型組織が、PC・LANの時代はフラット組織が対応してきたが、スマホ・タブレットとクラウドコンピューティングの時代は固定組織の存在が不要になり、自由な個人による自在チームが経済活動の基本形となる。歴史上はじめて個人が直接に生産要素や市場にアクセスでき、完全に自立できるようになった。そこで自由な自発的チームが形成される。かつて農村共同体から賃労働と資本が分化し企業組織に編成されたこと以来の変化が、起きている。この人間関係の変化は、ビジネスモデル、コストを劇的に変化させ、世界経済を一段と進化させるだろう。現在米国をはじめ先進国で、大規模な労働余剰(米国の失業率は戦後最悪からなかなか脱せず)と資本余剰(主要国長期金利は歴史的低水準、企業の高利潤が再投資されていないため)が発生しているが、その最大の原因は、グローバルに起こっているインターネット・スマホ・クラウド革命による生産性上昇(労働生産性と資本生産性)にある、とみられる。
図表1:コンピュータの進化と組織
MS(マイクロソフト)によるノキア買収の意義
MSによるノキアの携帯部門買収は、電子機器市場におけるスマホの決定的重要性を如実に示した。かつて携帯市場における圧倒的な覇者ノキア、PC市場の独占者マイクロソフトも、携帯とPCがスマホに飲み込まれれば、両社の市場は蒸発してしまう。かつての写真フィルムがデジカメの登場によって消滅したように。よっていかにスマホ市場でプレゼンスを維持するかがエレクトロニクス企業にとっては決定的に重要になる。MS・ノキアにとって、これ以外の選択肢はなかったのである。
この技術進化は競争を激化させ、商品やサービスをコモディテー化させ価格を大きく引き下げる。それは勝者は永続せず、新たな技術環境の下で新ビジネスモデル、新サービスを提供する新規参入者に機会を与えていることを意味する。アップル、サムスンが今日のMSやノキアの立場に追い込まれる可能性も十分あるのである。
日本企業は二面からのアプローチを
ところで日本の企業や日本においては、スマホの重要性への認識が不足しているように見える。スマホで日本は完全な敗者、アップル、サムスンの二強に華為技術(Huawei)など中国勢が低コストを武器にシェアを拡大している。他方NEC、パナソニックなど日本勢の撤退が相次ぐ。これは、日本という産業国家としては、非常に大きな問題ではないか。
では日本のチャンスは失われたのかと言うと、そうではない。第一に、村田製作所のチップコンデンサー・SAWフィルター、ソニーのCCD撮像素子、東芝のSRAM、日東電工、クラレなどの化学系ハイテク素材などで日本の高シェアは維持されている。それらは技術のブラックボックスを持っているために容易に模倣できず、コモディティー化するハイテク市場における収益競争において優位に立てる。第二に、スマホ・タブレットの進化に日本のハード技術、システム技術は大いに役立つ可能性がある。今後スマホタブレットは低価格の汎用品と高機能、高付加価値のハイエンドに分かれていこう。日本は高付加価値分野の差別化技術要素に特化すれば、大いに収益機会はあると考えられる。
スマホを軸に今後のエレクトロニクスメーカーの発展を考え、スマホに正面からいかに取り組むかという姿勢が日本企業に求められている。加えて、MS・ノキアにおける今回の買収をはじめ海外企業の意思決定などは、日本企業も学ぶべき経営姿勢ではないか。
図表2:2013年第2四半期スマートフォン・携帯電話販売シェア