2010年11月04日

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投資ストラテジーの焦点 第K290号

QE2の衝撃、
資産価格を照準にした金融政策の新時代

世界金融史上、画期的な大実験QE2がいよいよスタートした。QE2をどう評価するかは、当面の経済と金融市場予測において、最重要の論点である。批判派、悲観論の論拠は単純で、目新しいものではない。それはピムコのビル・グロス氏の見解、「単に需要がない、故に低金利もFRBの資産購入も無能と化す流動性の罠に陥っているのだ。(そうした状況の下でのQE2は)多分にポンジースキームそのものだ」(10月31日ファイナンシャル・タイムズ紙)に尽きるだろう。しかしそれが誤りであるとすると、どんな立論が可能で、どんな展望が出てくるだろか。 我々はQE2が成功する可能性が高く、その場合市場にはポジティブな衝撃が与えられると考える。      目次 (1)QE2は成功し米国は2011年持続的成長軌道に入る (2)QE2は壮大な世界流動性相場を誘発する (3)なぜQE2が必要になったのか、歴史的前提 (4)仮説、QE2の歴史的意義

(1) QE2は成功し米国は2011年持続的成長軌道に入る

10年サイクルの設備投資循環は底入れした

米国経済はここ数四半期の1、2%の減速場面から徐々に成長率を高め、2011年には3%前後の成長軌道に入ると想定される。それは設備投資循環に従えば今後数年以上の長期景気拡大の入口となる可能性が強いと思われる。米国のほぼ10年サイクルの景気変動は設備投資循環によって規定されており、設備投資対GDP比によって観測できる。同比率のボトムで景気は底入れし、ピークで天井を付けると言う循環が繰り返されているが、現在の設備投資対GDP比は2010年1Qで9.3%の歴史的大底が確認されている。

QE2のターゲットはanimal spirits

QE2、量的金融緩和第二弾の目的は心理=期待を鼓舞し(animal spiritsを強め)、投資と消費の背中を押し続けることであり、それには資産価格上昇特に株高が必須である。バーナンキ議長は、株高を持続させることで心理を好転させ、資産効果と金融機関の信用創造推進により実需の回復につなげ、本格回復循環を確立するというプロセスを想定していると思われる。

米国では景気回復の必要条件は整っている

以上の楽観的見通しの根拠は、①米国では企業も家計も住宅も贅肉は完全にそぎ落とされており、調整は完了し経済のファンダメンタルズは良好なこと、②経済のエンジンである企業利益は大きく回復し企業は空前の資金余剰の状態にあること、つまり持続的景気回復の必要条件が整っているからである。しばらく時間がかかるが、この企業部門から発する好循環が米国経済全体を覆っていくはずである。米国各部門の状況を概観すると、①企業部門は人、物、金を過剰なまでにそぎ落とし著しくスリムな状態にある、②家計需要は自動車需要がピーク比半減、過去平均の1700万台比4割減の1100万台で低迷するなど著しく抑制され我慢の状態にある、③住宅価格はバブル前の水準まで暴落して底練りの状態にあるが、取得能力(家計所得と金利)や家賃との比較では住宅価格は割安化している、等。これ以上のダウンサイドは考えられないところまで圧縮されている。

なぜanimal spiritsの鼓舞が必要か

問題は、企業所得の増加が新たな需要と雇用創造に結びつくには時間がかかることである。その理由は後述するように、需要・雇用の落ち込みは構造変化(生産性革命)に起因しており、新たに生まれる需要と雇用は、以前とは異なる新規のものだからである。新規需要が点火されるまでの間animal spiritsが鼓舞され続けなければならず、QE2の目的は、このanimal spiritsそのものにあると言える。金融は既に量的にも金利レベルにおいても十分に緩和されているので、これ以上の緩和つまりQE2は、効果が乏しいという見方がある。しかし現在の米国では景気回復の必要条件が存在しているのであるから、期待=心理の改善は、リスクプレミアムの低下を通じて、投資活動に大きな影響をもたらす可能性が大きい。

日本との相違、日本では必要条件は整っていなかった

ちなみに、日本の1990年代後半の金融危機から量的緩和にいたるプロセスでは、企業のリストラはまだ半分も手がついておらず、収益力は低下の一途にあり、家計消費は企業の温情雇用によって守られていたと言う現実があった。当時の日本では量的金融緩和が成功する必要条件が整っていなかったと言える。

資産効果が需要回復のトリガーを引く

それでは企業部門に蓄積されている所得と資本余剰をいかにして需要創造と新規雇用に振り向けるのか、①株高・資産効果を経由した消費と投資の増加、②財政による需要と雇用の創造、③政策による方向誘導(例えばグリーンニューディール)、④ドル安・輸出振興による純外需の取り込み 等いくつかのチャンネルが考えられるが、今の政策の延長上では①が主軸になると思われる。

(2) QE2は壮大な世界的流動性相場を誘発する

バーナンキ議長の不退転の決意は米株高を

QE2に失敗は許されない。QE2にもかかわらず資産価格が下落しリスクプレミアムが上昇すれば、景気回復は水泡に帰し、心理悪化は大恐慌をもたらすだろう。バーナンキ議長は将来のインフレやモラルハザードなどの副作用がどれほど大きくなったとしても、後戻りはできない。いわばFRBは株価と心中する状態にあると言える。そしてここまでのコミットメントが明確な以上、どのような投資家も株安、デフレシナリオを捨てざるを得ない。①中央銀行の株価支援、②米国株式のバリュエーションは相当割安なこと(例えば益回り7%、配当+バイバック利回り4%、配当利回り2%など株式リターンの長期金利2.5%との格差は過去最大級)、③1940年代以降大統領就任3年目の年は常に株価上昇の年となっていること、という条件がそろっている。2011年は全員参加型の米国株式上昇が想定される。

ドル安キャリートレードの定着による新興国バブル高進

また米国発の過剰流動性が世界的な投資ブームを誘発する可能性が高い。QE2はドル供給を増加させるので、ドル安傾向が強まる(もっとも既に思惑で大分織り込まれているが)。ドルをファンディングカレンシーとするキャリートレードは更に積み上がり、その主ターゲットである新興国投資は一段と盛り上がるだろう。インドやオーストラリアなど新興国ではインフレ懸念から利上げが実施されているが、それは金利差を一段と拡大させるので、更なる新興国投資促進要因となる。新興国景気は拡大の一途であろう。QE2は中国にも熱銭(ホットマネー)を流入させ、元高圧力を高めるだろう。

欧州ではユーロ高により更なる金融緩和圧力も

QE2は既に進行しているユーロ高をさらに強めよう。次期ECB総裁の本命であるウェーバーブンデスバンク総裁は、量的金融緩和に否定的発言を繰り返しているが、それは金利差とともに一段のユーロ高要因となる。1%成長にあえぐユーロ圏でも、ユーロ高回避のための、(FRBに呼応した)量的金融緩和を迫られる可能性がある。

日本人によるリスクテイク復活

そうした国際流動性環境は当然に日本株高要因となる。日銀はFRBに先行する形で円高回避と資産価格押し上げのための新金融政策を打ち出した。円高と株価下落が止まらなければ、日銀はETFやRIETなどのリスク資産購入を5兆円から更に大幅に拡大させる可能性が強い。また日本人のリスクテイク意欲の復活は新興国投資など対外投資を復活させ、円高をピークアウトさせるのではないか。円は購買力平価比5割高と言う極端な過大評価にあり、その背後には円高投機の積み上がりがある。世界に鳴り響いている日本の個人の対外投資(Mrs.Watanabe)が復活すれば、そうした投機ポジションは大きく巻き戻されるだろう。円高ドル安阻止の協調為替介入も考えられない話ではない。対中封じ込めのパートナーとして重要性を増している日本に対して、米国の対日協調意欲が強まっている。以上の事情は1ドル70円台の為替水準の定着を考えにくくする。

資産価格修正の余地大きい日本

円高進行が止まれば、2010年(1~10月)世界最悪のパフォーマンスであった日本株式が、再評価されることは疑いあるまい。米国株式以上に日本株式は歴史的割安局面にある。2011年は日本株式の大復活が予想される。日本におけるリスクテイクの復活と株高、不動産価格上昇は20年ぶりで日本に巨額の富、資産効果をもたらし景況を一気に変える可能性がある。後述するように世界経済の頭痛の種は需要不足にあり、それを解消する手っ取り早い方法が資産価格の引き上げである。そして先進国の中で資産価格が最も割安に放置されており、資産価格の是正が需要誘発に結び付きやすいのが日本である。図表9の日本株式の歴史的割安さ、図表10の日本の住宅価格の主要国比較で見た桁外れの割安さ、を参照されたい。

(3) なぜQE2が必要となったのか、歴史的前提

QE2が生産性を高めるか

以上のような展開は、バブル経済を再燃させるので、不健全である、いずれインフレとモラルハザードの高まりで逆襲される、との批判が予想される。もちろんその可能性もなくはない。しかし、(既述した調整完了と言う)必要条件を伴った金融緩和と、必要条件もなしに弥縫策として行われる金融緩和とを混同してはならない。今の金融緩和は必要条件を伴っているという事実の確認が重要である。量的金融緩和の結果生まれた需要が生産性の上昇をもたらすものであれば、その金融緩和はインフレもモラルハザードにも結びつかず、健全な成長をもたらすと言う可能性高い。

生産性革命の下でのEQ2の意義

QE2に対する批判は、バブル経済で過剰消費を積み上げた以上、経済の停滞は不可避であり、それを回避するための金融緩和は患者に痛み止めのモルヒネを投与しているようなものだ、との信念に基づいているが、それは正しいだろうか。鍵は今回のリセッションの本質をどう考えるかであろう。確かに①過剰債務・過剰需要・バブル破裂の後遺症と言う側面があった。しかしより重要な②生産性革命(=供給力の増加スピードの速まり)による需要不足と言う側面があった、と考えられる。グローバリゼーションと、インターネット革命によりビジネスの環境は日進月歩である。世界中の企業は不断のビジネスモデル変革を続けなければならないわけであるが、米国企業が最も迅速に対応し過度の雇用削減と生産性上昇をもたらしている。米国では過去2年間で850万人と言う戦後最大の雇用が失なわれたが、内訳は建設・不動産・金融などのバブル関連240万人、他は製造業(220万人減)、流通・運輸(205万人減)、プロフェッショナル・ビジネスサービス(156万人減)などでありこれらは需要低下の結果と言うより、ビジネスモデル変革によるものと考えられる。

米国繁栄の図式は不変

考えてみれば①コンピュータ化・ネットワーク化による効率化と新ビジネスモデルの開発、②グローバル化による低付加価値労働の海外シフトと企業のグローバル経営、③国内産業のサービス化、高度な快適産業・需要(医療、教育、レジャー・エンターテイメント、住環境改善)への雇用シフト、④金融収益によるグローバル繁栄の収穫等は、1980年代以降の米国の繁栄の図式であり、今回もその延長線からは外れていないと考えられる。1980年代から米国雇用の海外漏出・産業の空洞化が進行し、人々を心配させたが、それは逆に米国に新たな成長機会をもたらした。今回もそうなるのではないか。

(4)仮説、QE2の歴史的意義

資産価格経路の需要創造

以上のように考えていくと、今のところ仮説ではあるが、QE2の歴史的意義も見えてくる。第一は期待に働きかけ資産価格を誘導することで先進国の需要・雇用を創造する、と言う試みである。今喫緊の増大する供給力見合いの需要創造を行っていくうえで、金融政策がイニシャティブを発揮する余地(必要性)はあるのではないか。

余剰資本のプールと活用

第二は過剰資本の一時的プールとしての資産価格(株式)の活用である。近年「グリーンスパンの謎」に見られるごとく、企業の利潤率が高く利子率が低いというギャップが定着している。それは金融危機の最中一時的に解消したが、金融危機が終息した現在再び発現している。その原因に関しては諸説があるが、我々は「グローバリゼーションとネット革命による企業の高利潤が資本余剰をもたらしている」ことが主因、と考えている。この余剰資本を成長=資金需要に繋げるための経路として資産価格上昇が活用できる、と言うものである。そうすれば資産時価を投入元本とした時価ベースの利潤率(言わば益回り=1/PER)は低下し、利子率とのギャップは縮小する。それはバブルではなく金利裁定による資産(株式)価格の再評価である。

資産価格へのコミットメント

第三に中央銀行の金融政策の新時代が始まったと言う評価が可能なのではないか。証券金融化・直接金融化、グローバルネットワーク化、金融のヘッジファンド化(リスクテイクとリスク回避の仲介)、時価会計の徹底、という新金融現実の中で、信用創造は資産価格の増加と言う形で実現する。中央銀行の資産価格に対するコミットメントという役割もそうした金融現実の下で必然的な変化と言える。

FRBの世界中銀化

第四に米国中銀(FRB)の世界中銀化と言う意義がある。米国の金融政策は為替市場と資本移動を通して、各国金融の大枠を決定する。世界の資本市場はひとえに米国FRBの動向を注視せざるを得なくなる。

QE2はポンジースキームではない

以上のように考えれば、ピムコのビル・グロス氏の「単に需要がない、故に低金利も資産購入も無能と化す流動性の罠に陥っているのだ。(そうした状況の下でのQE2は)多分にポンジースキームそのものだ」(10月31日ファイナンシャル・タイムズ紙)と言った見解は、誤りである可能性が強い、と思われる。

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