2009年08月21日
投資ストラテジーの焦点 第K282号
雇用減、信用減の下で回復は始まる
~米企業部門の調整進展でV字回復の可能性高まる~
今一番重要な事実は雇用の減少でも、消費者マインドと消費の停滞でも、信用の収縮でもなく、企業部門の著しい調整進展と利益見通しである。雇用減も消費停滞も過去の企業活動が引き起こした結果に過ぎない。将来がどうなるかは、企業が再び生産を増加させ雇用を再開し、賃金を引き上げるかどうかにかかっている。 雇用が減少しているから、消費が停滞しているからと言う理由で悲観的になっているとしたら、それはこれまで景気が悪かったから先行きも悪くなると言う、典型的トートロジー(同語反復)に陥っている証拠といえる。過去不況期からの立ち上がり時には、(後述するように)いつも雇用減少、貸し出し減少が伴っていたことを、想起するべきである。 米国企業部門の調整の進展は顕著である。また米国の製造業受注が鋭角的に回復している。調整によって損益分岐点を引き下げた後の、生産回復が視野に入っているのである。それはいずれ雇用増加、賃金増加と言う経路を経て、家計消費の回復に結び付くだろう。V字型回復の可能性が高まっている、と考えられる。 留意点を指摘するなら、(1)目先世界需要のエンジンになっている中国が金融調整で変調がないか、(2)米国のジョブレス・リカバリーの後、雇用拡大を伴った本格的景気拡大に移行する局面での踊り場がないか、のチェックである。このいずれかの理由による、短期的株価調整の可能性は(高くはないが)、全くないとは言い切れまい。ただ金融機関経営不安再燃の可能性は全くなくなったと考えていいのではないか。
(1)雇用減、信用減でも回復は始まる
ジョブレス・リカバリー、クレジットレス・リカバリー
緩和されたとはいえ雇用の減少が続いている。また痛んだ金融機関の下でビジネス向け貸し出し減少が続いている。この雇用減、信用減が続くことにより、景気回復が頓挫するというのが、つい最近まで圧倒的多数派であったWディップ型回復論、又はL字型回復論の根拠であった。しかし、下図に見るように、景気回復の最初の1年間程度はいつも雇用や銀行のビジネス向け貸し出しはマイナスであった。雇用減少、信用減少の下で景気回復は着実に進展してきたのである。 それは当然である。回復が始まる時点では企業内には余剰の労働力が存在している。この余剰労働力の活用度が高まることにより、jobless recoveryがおきる。従って回復初期はいつもproductivity recoveryなのであり、今米国ではそれが急進展している。 同様に回復が始まる時点では、企業部門は貯蓄余剰状態、つまりフリーキャッシュフロー(=キャッシュフロー-設備投資)がプラスとなっている(P4図表⑤)。この企業内の余剰が最初の投資をもたらし回復を牽引するのであるから、銀行貸し出しが減少している中で回復は進展するのである。 つまり、雇用減少、貸し出し減少が続く中で景気回復は進行するものなのであり、それを景気回復頓挫の根拠とするのはトートロジー(同義反復に基づく詭弁)と言える。
(2)今最重要なのは企業部門の調整進展度合い
米国の企業調整スピードは群を抜く
それでは今何に注目すべきなのだろうか。それは、企業部門の調整の進展度合いと言える。過剰在庫はなくなったか、過剰雇用はなくなったか、過剰資本装備、過剰債務はなくなったか、などである。そしてこれらの企業部門の調整度合いをチェックすると現在の米国企業部門は驚くほどのスピードで、過剰削減が進展していることが分かる。以下の図に示すように、(a)在庫調整完了(図表③)、(b)雇用調整急進展(下表参照)、(c)設備投資調整で大幅なフリーキャッシュフロー黒字状態に(図表⑤)、(d)労働分配率は低水準で企業コストは抑制されており(図表⑥)、企業利益が守られている、等の事情は鮮明である。
米国の企業利益はV字回復中
企業の調整スピードは、主要国の中でも米国が群を抜いて速い。それは雇用について特に顕著である。下表に見るように、2009年のGDPの落ち込みが最も小さい米国において、最も失業率の上昇が大きくなっている。それは米国において労働生産性の維持と企業コストの抑制がなされていることを意味し、企業利益が出やすいことを示唆している。実際米国製造業の営業利益は、2009年第2四半期、GDPや売り上げがマイナス成長を続ける中で、鋭角回復を見せた(図表④)。しかも非農業部門雇用者数減少がピーク2009年1月の74万人から7月には24.7万人へと3分の1になるなど、米国雇用調整はいよいよ終盤にさしかかってきた。
(3)米国製造業の新規受注が急回復している
損益分岐点低下の下での生産回復
企業調整の進展は、追加的需要発生に対して、企業が敏感に反応する可能性を示唆している。在庫積み増しのための増産、雇用拡大、設備投資復活などである。 実際、ほぼ完全に調整が完了し損益分岐点が大きく引き下げられたところで、米国製造業の新規受注が急回復している(図表⑦)。これは、(a)中国など新興国での需要の増加・純輸出の改善、(b)在庫調整完了、(c)自動車・住宅・家計消費など国内最終需要が底入れ、などの要因による。生産と企業収益は大きく飛躍する前夜にあると言える。
米国の過剰消費の調整は完全に終わっている
それでは、景気の本丸である米国消費はどうなるだろうか。かねて説明しているように米国の住宅や自動車などの過剰消費は行きすぎと言えるほど調整されている。そして自動車はピーク比半減のレベルから、戸建住宅需要はピーク比4分の1のレベルから上昇し始めた。また、家計貯蓄率も2008年の1.8%から2009年1Q4.3%の後4月4.7%、5月6.2%、6月4.6%となり、2009年5月にピークアウトした公算が強まっている(図表⑬)。住宅市場はほぼ底入れ(図表⑨⑩⑪⑫)、貯蓄率ピークアウト(図表⑬)、企業収益底入れ、株高などの資産効果、財政の寄与、雇用減少の停止が明確となり消費者センチメントがさらに改善すること、などが相次いで起き始めている。顕著な成長リバウンドもありえよう。すでに多くのエコノミストは年後半以降の見通しを大幅に上方修正しつつある。米国は、V字型回復の可能性が強まっているのではないか。私は1年以上前から2009年のサプライズは米国の驚くほどの強さ、と主張してきたが、その見方は間違っていなかったのではないか。