2016年01月01日
ストラテジーブレティン 第153号
安倍政権のイニシャティブで「消費力」喚起へ、日経平均24000円も
謹賀新年 2016年 From 武者リサーチ
「消費力の国際競争」が2016年のテーマとなるでしょう。IT革命とグローバリゼーションによる世界的な生産性上昇が進展しています。企業が超過利潤を得る一方、労働と資本の余剰は深刻です。その解決には「消費力の向上=生活水準の向上」が鍵となります。いち早く米国では国民のサービス消費力が向上し、ほぼ失業が解消、ゼロ金利解除を果たしました。欧州では空前の貯蓄余剰(経常黒字)が積み上がる一方、南欧で消費力の立ち遅れが顕著です。日本では企業の内部留保が空前規模に膨れ上がる一方、政府の賃上げキャンペーンも功を奏さず、消費力は停滞しています。政策のイニシャティブに期待が高まる局面ですが、安倍政権の実行力には期待が持てそうです。他方、中国は所得配分の壁が、投資から消費への転換を阻んでいます。改革は困難、しかし財政と金融の弥縫策で景気の底割れ回避の努力が行われ、不安はあるものの一定の経済安定化が期待されます。
「消費力」の振興には、制度改革が必須です。また民主主義の成熟度合いが問われます。各国の経済力の強さ、資本主義の健全さが「消費力」によって検証されようとしているのです。当然投資機会もそこにあるはずです。市場経済の合理性、正当性も問われます。
2016年が新たな世界繁栄の入り口でありますように、皆様の投資活動が実りの多いものでありますように。
2016年 元旦 武者 陵司
(1) 政策がサプライズをもたらす可能性は高い
失速気味の経済と株価、世界投資家の期待減衰
2016年の世界経済では、IT革命の下で将来の展望が切り開かれつつある米国と、過剰投資の後遺症で急失速している中国との相克、がモチーフをなすだろう。両者の狭間にある日本経済は、2014年の消費税増税の後遺症、中国経済不振のあおりを受けている。鉱工業生産の回復は2014年以降、完全に頭打ちとなっており、日銀短観による業況見通しも先行きについて緩慢な悪化と予想されるなど、アベノミクススタート当時の力強さは減衰しつつある。また、株価も2015年8月の中国為替切り下げをきっかけとした世界株安以降、上昇力が失われ、世界投資家も日本株に失望、日本株式投資比率を引き下げる動きもみられる。
しかし他方で、企業業績は史上最高で2015年度は15%程度の増益が見込まれている。また企業の内部留保(利益剰余金)は350兆円に達するなど、10年前には大問題であった日本経済の「稼ぐ力」は大きく復元している。ここにある企業所得をいかに広範な需要創造につなげ、成長率の加速を図り、デフレ脱却を確実にするか、政策の発動が強く求められる局面である。
政策が市場を驚かせる能力健在、むしろ高まる
安倍政権のイニシャティブが再度待たれる場面であるが、それは期待できるのではないか。何よりも重要なのは、安倍首相がデフレ脱却と成長復元(2020年GDP600兆円)に対して強い決意と実行力を持っていることである。2016年は金融・財政の両面から、シニカルに見ている市場を驚かせる政策が打ち出されるだろう。2012年11月からのアベノミクス相場第一弾、2014年10月からのQQE2(量的金融緩和第二)相場に次ぐ、第三の政策発動をきっかけとする上昇相場が想定できるのではないか。
QQE3必至に、黒田政策懐疑論を払しょくへ
金融政策面では2%インフレ目標の達成が後ずれし、市場では失望感が強まっているが、日銀は12月末に新金融補完措置(買い入れ国債の償還期限延長等)を打ち出し、更なる量的金融緩和(第三弾)に道を開いた。より長期の国債を買い入れることで更なるベースマネーの増加が可能になる。しかし、新金融補完措置の発表が実効の乏しい兵力の逐次投入であると見なされ、株価は乱高下した。また、エコノミストのコンセンサスでは2%のインフレ目標達成は困難とされる中で、円ドル124円はかなりの円安と為替水準に言及したり、2014年には消費税増税の遂行を主張する黒田氏に対し、その毅然たる決意を市場は疑うようになっている。2%インフレが絶対目標であり、為替水準や増税などは主目的に対する従属要因(または主目的を達成するための手段)であるはずなのに、従属要因が主目的を阻害しかねない、と市場は疑い始めている。そうした市場の懸念を放置しておくわけにはいかず、次のアクションによって払しょくされるだろう。「量的金融緩和は無力であり失敗した、政策を変えるべきだ」という多くの専門家の主張を、黒田総裁は容認することは絶対できない。早晩量的金融緩和第三弾が打ち出されるのではないか。
増税財政再建から成長財政再建へ
また財政面では、新年の補正予算、財政出動に加えて、消費税増税の延期などが俎上に上るのではないか。安倍首相は2017年4月から予定されている消費税2%引き上げ(5兆円弱の増税効果)に際しての軽減税率適応範囲を拡大させ、増税負担の軽減を図った。そのプロセスでは、世論を誘導し増税推進の既成事実化を図ってきた財務省当局とその代弁者である自民党の税務調査会の指導力を大きく希薄化し、官邸イニシャティブを確立した。安倍首相は2014年12月の総選挙により2015年10月に予定されていた消費税増税を1年半延期したことが正解であったことに、強い自信を持っている。もし予定通り実施されていたなら、日本経済は再度リセッションとデフレに逆戻りし、アベノミクスは失敗、国家100年の計は水泡に帰していたかもしれない。増税推進を主張した財務省、多くの学者とエコノミストは深刻に反省しなければいけない。今後、米国の様に予算作成権限を官僚(財務省)から議会(米国では議会予算局CBO)と官邸(米国では大統領府下の行政管理予算局OMB)へと移行させる方向が見えてくるのではないか。
さしあたっては、20兆円近くに達すると推計される外国為替特別会計の巨額の余剰金などを活用した財政の積み増しが予想される。また場合によっては、2017年の消費税増税が棚上げされることも考えられる。以下のようなバランスの取れた議論が台頭している。① 2017年4月に延期された次期の増税実施も慎重でなければならない、② デフレ脱却と成長復元を取るか、2%の消費税増税を取るかでは、長期財政バランスの観点から前者の方が望ましい、など。安倍政権は遅かれ早かれ(消費税増税前か後かは別にして)「増税による財政再建路線から成長による財政再建路線へ」と舵を切るだろう。2016年度予算案によると、アベノミクススタート前の2012年度から4年間で税収は13.6兆円増加、内消費税要因6.3兆円、その他(主に成長要因)7.3兆円となっており、財政再建に成長が最も有効なのは明らかである。
7月に予定されている参議院選挙が衆参両院選挙となる可能性も高まっており、年前半の金融・財政面での経済テコ入れは、市場の予想を上回るサプライズになる可能性がある。
(2) 稼ぐ力を取り戻した今、日本に喫緊の株式評価問題
株高はアベノミクス成功への必須の経路
米国好調、中国不振の狭間にあって、日本株高はデフレ脱却を掲げるアベノミクスの必須の経路と言える。日本において特に大きい過剰貯蓄は、様々な金融資産間の投資リターン格差を著しく広げている。預金金利はほぼゼロ%、国債利回りは0.3%、配当利回りは2%、REITは3%から6%、株式の益回りは7%、そして過去に投資した事業のリターンは10%以上、と大きく開いている。つまり、同じお金を投下してもリターンには極端なギャップがある。これが今の日本の貯蓄の大きな特徴であるが、リターンが著しく低い預金と国債に日本の国民貯蓄のほぼ7割が吸収されているのである。これはアベノミクスとの関連で、日本の政策への大きなインプリケーションを持っている。日本経済の課題は、2000年ごろの企業の稼ぐ力の衰弱ではもはやない。企業の稼ぐ力は大きく向上し、企業収益は史上最高となっている。にもかかわらず、景気が思わしくないのは、企業の儲けが実際の需要に結びついてないからである。企業は収益のかなりを内部留保としてため込み、配当にも給料にも投資にも回していない。この企業の利益をいかに需要につなげるかが重要な課題になっていることは、安倍政権が一貫して主張していることである。しかし、安倍政権が求める3%程度の賃上げでは企業の大幅な貯蓄余剰は解消できない。では政府が借金による財政需要を大きく創造すればいいかと言うと、ほとんどの官僚や学者は政府の借金に反対であるから、それも容易ではない。ということは、企業が儲かったまま、経済は良くならず、日本の経済体質がどんどん悪化していくのを見過ごすしかないのだろうか。
最重要のチャンネルはおそらく、日経平均が4万円になることなのではないか。日経平均が4万円になると今600兆円ある日本の株式資産が1200兆円になり、3割の外国人持ち分を除いても400兆円、日本人の財産が増える。400兆円というのは国民1人あたり400万円、そのごく一部が消費に向かうだけでも大きな資産効果、経済浮揚効果をもたらすだろう。景況感は一変し、人々のアニマルスピリットは大いに喚起されるに違いない。では、日経平均4万円になったらバブルか、モラルハザードかというと、まったく違う。今7%株式の益回りは3.5%まで低下し、今2%の配当利回りが1%に低下するが、それでも国債利回りの3倍以上であり、国債や預金のリターンと比較すると決して割高とは言えないことは明白である。また、留保利益の増加自体が株式価値を高める要素であり、(賃上げや増配がなくても)株価上昇が広範な購買力引き上げをもたらす、という連鎖の経路もあり得る。
日本のオウンゴール、不必要かつ有害だった資産デフレ
つまり日経平均4万円になるだけで多くの問題が解決するということもあり得るのである。なぜこのようなことになるかというと、実は日本の異常な長期デフレの最も重要な原因の一つが、株価と不動産の理屈に合わない過度の下落であったからである。そのおかげで不必要な不良債権の処理や、値下がりの損失を引き起こし、それが日本経済や日本企業に過剰な負担を与えた。資産価格のミスプライシングの復元、つまり過剰値下がりの是正ということは当然であり必要なことなのである。
資産インフレなくして2%インフレ無し
バブル崩壊後に半減した住宅・不動産価格や株価を放置するなどということは、日本以外のどの国でも起きていない。株価など資産価格の水準をなるべく高く維持し、経済心理を壊さないのが普通の金融政策だ。日本はそれを徹底的に壊した。明らかに政策のミスマネージメントだった。株価重視の発想に対しては、投機をする人たちや富裕層だけを潤し、格差拡大を招くとの批判があるが、結局のところ、人々が注目する経済の体温は株価だ。株高は紛れもなくアベノミクス成功の重要な経路である。
安倍首相と黒田日銀総裁は2013年以降がそうであったように、大方の学者やメディアの批判に惑わされることなく断固として資産価格重視の(敢えて言えば資産インフレ誘発の)政策を推し進めるべきである。
(3) 世界経済は消費力に焦点が
米国で見られる新時代の消費力
2006年以来9年ぶりの米国の利上げは、米国経済がリーマン・ショックの後遺症を完全に払しょくした自信の表れと言える。リーマン・ショック後の大不況の困難は、2000年以降のIT革命の進行による生産性の上昇により生まれた余剰労働力、余剰資本が2007年まで建設部門(=バブル産業)に吸収されていたものが、バブルの崩壊により一気に顕在化し、戦後最大の失業・賃金停滞とカネ余り・低金利を引き起したことにある。この労働力と資本の余剰が辛抱強い量的金融緩和により、ほぼ解消しつつある。失業率は2009年のピーク10.0%から直近では5.0%まで低下した。また米国企業のフリーキャッシュフローを見ると、2000年以降の大幅な余剰がほぼなくなっている。設備投資額の増加が好調なキャッシュフローに追いついてきたためである。さらにようやく労働賃金が上昇し始め、2000年以降急低下していた労働分配率が底入れから上昇に転じ始めた。この労働分配率の低下こそ、企業収益を歴史的水準に押し上げた主因であり、企業の過剰貯蓄の根本原因でもあった。米国の雇用がどこで増加したのかを図表7で見ると、教育医療、専門サービス、娯楽観光など、ひとえに個人向けサービス分野であることが鮮明である。IT革命の下でのイノベーションと個人のライフスタイルの向上が進行し、個人向けサービス需要が急増しているのである。情報化時代の新ビジネスモデルと新ライフスタイルが垣間見える。在宅勤務、ビジネスマンの兼業の一般化、アウトソーシングの一般化、新ネットワークビジネスの誕生、ネットによる物流が主チャンネルになりつつあることなどにより、一層の個人生活のフレキシブル化が進行している。実際、米国の個人消費をけん引しているのがサービス分野であることは、ISM非製造業指数の上昇を見ても明らかである。
企業収益段階にとどまっていたIT革命の成果がようやく個人のライフスタイルを変え、生活水準の一段の向上に結び付きつつあり、それは米国において歴史を画する情報ネット新時代の萌芽が見られ始めていると評価できる。米国においてはデフレに陥る危機は去ったと考えられる。米国の長期金利が日欧のそれを1%以上、上回って推移しているのはそれを如実に示している。それは米国株式の高バリュエーションにも表れている。2015年12月16日の9年ぶりの米国利上げを可能にしたものは、そうした労働余剰と資本余剰の顕著な減少であった。
2016年は米国流の新ライフスタイルの向上と個人生活水準向上が、ユーロ圏や日本などの先進国に伝播していくものと見られる。日本では2016年度予算にみられる子育て支援関連、三大都市圏の物流ネットワーク整備、介護施設・人材関連などの目玉が盛り込まれ、消費力を高める配慮がうかがわれる。
(4) 再度日本株式に注目が集まる公算大
デフレ=低バリュエーションか、インフレ=高バリュエーションか
適切な政策イニシャティブを前提とすれば、世界の他国で有利な投資対象が見当たらなくなる中で、日本株式は最も魅力的資産となり得るのではないか。日米欧の先進国間で、最も経済が強いのは米国であることは論を待たない。だが、米国の株価は既に大きく上昇してきたため、上値余地は小さい。それに対し、日本株のPBR(株価純資産倍率)などのバリュエーション(株価評価)は、先進国最低水準で割安さが際立つ。それは日本が世界で唯一長期デフレに陥り、名目経済の収縮を前提とした株式バリュエーションが定着してきたからである。しかし今、デフレ脱却が確実となる過程で、株式バリュエーションは大きく転換することになる。そうしたパラダイムの転換(価値観の転換)に伴う価格変化こそ、最も大きな投資チャンスであることは論を待たない。上値余地から考えると、日本株は最も魅力的な市場となっている。アベノミクス相場が始まって以降、株価は最大2.4倍となったが、企業の大幅増益により、割安感は薄まっていない。中国経済次第という側面はあるものの、2016年の日経平均株価は2万4000円を目指すだろう。過去20年間に主要国の名目GDPが3倍、4倍と成長する中、日本経済だけが麻痺したかのように成長が止まっていた。その日本が20年間の雌伏の時を超えて復活しようとしていることに疑いはない。